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映画館休業中の今できること、今だからこそやっておきたいこと

映画館の休業を余儀なくされる中、家庭でのネットストリーミングに流れる動きもあるようですが、今だからこそ映画館の価値を高めるためにできること、やっておきたいことを考えてみます。

ネットストリーミングで良いの?

ここ数年、ネットストリーミングによる新作公開も増え、映画館を不要視するような声を聞くことが増えてきました。

確かに家庭で好きな時に気軽に観たい作品を楽しめるというというという点では映画館に勝りますが、上映品質の点では映画館には遠く及ばないことは記憶しておくべきでしょう。

残念ながら、今日のネットストリーミングのコンテンツ制作基準、家庭での上映(再生)環境では映画館向けに作られたコンテンツと映画館での上映環境には敵わないのです。

但しこう言えるのも、映画館の上映システムが最適な状態に管理維持されている場合と比較した場合です。

上映システムの調整は万全ですか?

言い換えると、適切な状態にメンテナンスされていない上映システムでは必ずしもネットストリーミングよりも高品質な上映を楽しむことができないことになります。

上映システムを導入した時にはしっかり調整されていたとしても、長期に渡って使用するにつれて、システム本来の品質で上映できなくなってしまいます。

フィルム映写機と比べて可動部分も少なくなり、IT機器の仲間のように思われがちなデジタルシネマシステムですが、経年変化は必ず起きます。

特に光学系の変化と映像の劣化は顕著で、輝度の低下、輝度ムラ、色ムラ、フォーカスのズレ、二連プロジェクターのズレ、RGBパネルのズレ、スクリーンの汚れなど、これらが組み合わさるとストリーミングの映像にも簡単に負けてしまいます。

これらは一見システムとして正常に動作しているように見えても、映像そのものの品質に顕著な劣化を招くので、これを放置して上映を続けるのは映画館としての風評にも影響を及ぼしかねません。

この機会に上映システムの再調整を!

日々の上映が立て込む日常においては、中々システムの点検調整に時間を割くことは難しいものですが、お客様がいない今こそじっくり時間をかけて調整し、システム本来の性能を取り戻した上で、自信を持ってネットストリーミングから観客を取り戻せるように備えておきたいものです。

調整内容によってはメーカーのサービスを呼ばなければ手が出せないこともありますが、先ず自分一人でもできることとして、システムの状態の確認はしておきたいものです。

取り掛かりとしてシステム内蔵の各種テストパターンで基本的なチェックをすることができますが、より複雑なテストクリップ DCP を入手して入念に異常、違和感がないかを調べます。

テストクリップの入手や評価手順に付いては Cinema Test Tools が役に立ちます。(機械翻訳による日本語ページも一応はあります。)

新技術の導入

映画館に新しい技術を導入する際には通常の上映の妨げにならないように最終上映終了後の深夜から翌朝初回上映開始までの作業が勝負です。

しかし、全館休館の今なら日中の時間を使って存分にテストできるでしょう。今このタイミングを逃す手はありません。

視聴覚に障害のある方への上映補助システムなど、日本の劇場では殆ど導入されていないシステムの導入を試みるなど、できることは色々ありそうです。

SMPTE DCP への準備確認

新技術への対応として誰もが避けて通れないのがデジタルシネマパッケージの標準フォーマットである SMPTE DCP への準備です。

現在日本の映画館では没入型音響システムを採用した一部の上映を除き、デジタルシネマの初期から使われている暫定フォーマット Interop DCP が使用され続けています。

北米では10年ほど前から SMPTE DCP の市場導入テストが始まり、5年ほど前には9割程度の映画館が SMPTE DCP への対応を完了しました。

世界的にも SMPTE DCP への移行が着実に進む中、日本では未だ本格的な移行に向けた筋道が見えない状況にあります。

DCI 準拠の上映システムであれば基本的には SMPTE DCP への対応は可能な筈ですが、システム上の設定変更が必要な場合もあり、最悪の場合、機材の変更が必要になることもあり得るため、可能な限り早期の対応確認をしておきたいところです。

一言で SMPTE DCP と言っても様々な設定やオプションなど自由度が高いため、すべての規格に対応できている上映システムはありません。

市場に導入されているのは特定のプロファイルに則ったパッケージですが、これは DCI の基準と同等ではないため、DCI 準拠の上映システムというだけでは安心することはできないのです。

市場導入されている SMPTE DCP のプロファイルは ISDCF において管理されており、https://www.isdcf.com/site/test-content/ からテストクリップを入手することができます。

こちらは英語版しかありませんが、この休館中の時間を将来への備えとして有効活用して頂ければ幸いです。

ご質問などありましたら、ご遠慮なくお問い合わせください。

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『ジェミニマン』のハイフレームレート上映

アン・リー監督の新作『ジェミニマン』が公開されましたが、注目の『ハイフレームレート上映』に付いてはあまり関心が寄せられていないようです。通常の上映と比べて何が違うのか少し解説してみたいと思います。

映画のフレームレート

現在、通常の映画はフィルム時代からの慣習に従い、1秒間に24フレームという割合で制作、上映されています。

今時テレビでも毎秒60フレームで映るのに何でそんなに遅いのかと感じるかも知れません。

その一方で、フィルム映画の資産をそのままデジタル上映に変換、流用しやすいというメリットもあります。

それよりも、デジタルシネマの規格の策定時に多くの映画制作者がこだわったのが、1/24秒毎に込められた画像の質感でした。

実際、動きの大きいシーンで1/24秒の画像を観るとぼやけて見えることもありますが、そのぼやけ加減も映画の質感の一部と捉えられた訳です。

その結果、デジタルシネマでも毎秒24フレームというプロセスが踏襲されることになりました。

しかし、技術の進歩に伴い様々な映像表現の可能性が拡がるようになり、映画制作者の間でも色々な試みをすることが増えてきました。

ここで鍵になるのが最近よく耳にする『没入感』という概念です。

映画鑑賞における没入感

人が映画を観る際、何かしら自分自身が映画の中に入り込んだ感覚に浸ろうとしますが、現実の感覚とのズレが小さくなる程、より深い没入感が得られると考えられています。

没入感に寄与するものとして、視覚効果だけでなく、音響効果や(座席の)振動などが挙げられますが、ここでは特に視覚効果に絞って分類します。

分類効果没入感
解像度スクリーンの大きさとスクリーンからの距離にも依存しますが、多くの場合、2Kと4Kの違いは知覚可能です。++
色/色域白黒からカラーになり格段に現実感が高まりましたが、色の使い方はむしろ作品毎の芸術性に関連するところが大きく、没入感とは直接結び付かない要因と考えるべきでしょう。+ / –
明るさ/暗さ/階調暗部での繊細な表現や明暗の大きなシーンの描写により、より現実の光景に近い感覚を得ることができます。
ドルビーシネマではこの効果が強調される映像が作られています。ハイダイナミックレンジ (HDR) と呼ばれる手法もこれに分類されます。しかし、映画館という環境に最適な条件については業界内で議論、検討が続いており、明確な指針は得られていない状況です。
+
視野を覆う割合視野を覆う割合が高い程、映像との一体感が増し、没入感は高まります。
フィルム時代のシネラマ上映ではこの効果を最大限に活かした上映が行われていました。最近ではIMAXやドルビーシネマなどのプレミアムラージフォーマット(PLF)上映がこの効果を期待するものだといえます。
+ + +
立体視 (3D)右眼と左眼の映像の視差により擬似的な立体感覚を得るものですが、効果には個人差があり、没入感を得られる人もいれば、まったく受け入れられない人も一定数いることは無視できないところです。+ / – –
フレームレートフレーム更新速度と共に現実の世界を見ている感覚に近付きますが、毎秒120フレーム以上では人間の目には実効的に大きな改善は感じられないと言われています。+ + +
周囲の光劇場内の誘導灯、壁や客席からの散乱光、3Dメガネの散乱光、不用意な明るさの字幕、スマホの光など、すべて没入感を損ねる要因となります。– –

これらの効果はすべての作品の上映に共通するものではなく、映画制作者の意図により適宜組み合わせて使用されます。例えば、白黒作品のように意図的に色を使わずに映像表現をするのは今日でもよく見掛けられます。

アン・リー監督は前作『ビリー・リンの永遠の一日』を初めて4K/3D/120フレームで制作しました。当時、特殊上映設備によるサンプル映像を観る機会に併せて、アン・リー監督の話を聞く機会があったのですが、戦場での銃撃戦のシーンでは手元に着弾したかのような感覚が異常に生々しく、地面から舞い上がる砂埃を吸い込みそうな感覚を覚えたのを記憶しています。

アン・リー監督はこの上映条件で公開したかったのですが、当時4K/3D/120フレームの映像を上映できる設備は殆ど導入されておらず、プレミア上映の際と中国の一部の劇場を除いて、監督の意図しない品質(2K/3D/60フレーム若しくは2K/2D/24フレーム)で上映されることになってしまいました。

今回再び4K/3D/120フレームで制作された『ジェミニマン』でしたが、Dolby Cinema の普及により 2K/3D/120フレームで上映できる劇場が増えたものの、それ以外は『ビリー・リン』の際と同様の状況で、2K/3D/60フレームと2K/2D/24フレーム(通常上映)となりました。

とはいえ、日本では今回初めて 2K/3D/120フレームという上映を体験できる機会が提供されることになったのはよろこばしい状況といえるでしょう。

※一部メディアにおいてドルビーシネマでは4K/3D/120フレーム上映が行われているという記述があるようですが、これは誤りですのでご注意ください。4K/3D/120フレームと2K/3D/120フレームには体感できる違いがあります。4K/3D/120フレームでの上映が行われたのは、特殊上映機器を導入している中国の一部の劇場だけで、これらはドルビーシネマではありません。

実際の上映フォーマットへの変換

実際の上映フォーマットに合わせてオリジナルの映像を変換する必要がある訳ですが、フレームレートの変換は容易ではなく、上映設備の特性に合わせて異なる調整が必要になります。これを誤ると観るに堪えない不自然な動きの映像になってしまいます。

(120fpsから60fpsや24fpsだと、整数倍なので合成する割合を変えるだけで簡単にできるじゃないかと思われるかも知れませんが、そう単純には行かないのです。)

これを支える技術: ShowscanからMagiへ

ハイフレームレートに対する挑戦は実はフィルム時代から行われてきました。そして技術と経験の積み重ねを経て4K/3D/120フレームの制作が可能になりました。ここで忘れてはならないのが近代映画制作における視覚特殊効果のレジェンドともいえるダグラス・トランブルの功績です。

ダグラス・トランブルがハイフレームレートに目を付けたのは70年代後半のことでした。70mmフィルムを使い毎秒60フレームで、撮影から上映に至るシステムを完成させ、多くのテスト映像を制作しました。しかし、これを広く普及させるには至らず、一旦はお蔵入りしてしまうことになりました。

新たな挑戦の切っ掛けになったのはデジタルシネマの登場でした。カメラもプロジェクターもデジタル化され、Showscan Digitalとして3D/120フレームでの撮影と上映が可能となり、フレームレート変換に関わる様々な技術検証が行われました。

これらの検証をもとに Magi(マジャイ)という制作プロセスを確立し、今回の『ジェミニマン』の制作でも活用されました。このプロセスにより、4K/3D/120フレームで制作された映像から、上映機器に合わせた様々なフォーマットの映像に変換できるようになった訳です。

ハイフレームレート上映は何故流行らない?

このように視覚的に圧倒的な没入感を与える方式として、技術的には成熟しつつあるハイフレームレートですが、中々普及が進まない理由を考えてみたいと思います。

作品数が少ない

ハイフレームレートでの制作に関心を示している映画監督といえば、『ホビット』を48フレームで制作したピーター・ジャクソン監督がいますが、新作での採用の予定はなく、『アバター(続編4作)』の60フレームでの制作を表明しているジェームズ・キャメロン監督ですが、他の作品での採用予定は無さそうです。

いずれも人気監督ですが、最も積極的なアン・リー監督を合わせても、今の状況だと数年に1作品しか新作として公開される作品が出てこない見通しなので、これでは知名度を上げるのも中々難しそうです。

作品数が少ないとこの特殊上映に対応した上映機材の導入もなかなか進まず、上映機会が増やせないということは配給会社としても積極的な導入に踏み切るのはむずかしいということにもなります。

違いが分かりにくい

もう一つの問題はこの方式自体のブランディングの拙さということになるでしょうか?

今回新たに『ハイ・フレーム・レート/3D+ in HFR』といったロゴのようなものが作られたようですが、このロゴから今回採用された技術の特徴、凄さは残念ながらまったく伝わってきません。

オリジナルの4Kの解像度は消え去り、毎秒120フレームと60フレームのバリエーションの違いも分からず、これまでの3Dの改良版?くらいの印象しか伝わりません。

4K + 3D + HFR 抱き合わせの失敗

アン・リー監督の拘りもわかりますが、その結果またしても HFR 本来の視覚効果を広くアピールする機会を逃してしまったのは残念な限りです。

より多くの観客に、HFR の驚くべき感覚を焼き付けたかったならば、2K/2D/60フレームか120フレームを主たる配給フォーマットとして使用すべきだったでしょう。

メーカー社員でも。。

実は違いを正確に理解できていないのは観客だけではありません。上映機材メーカーの社員でも極一部の専門家しか正しく回答できないという実態もある様です。

業界内での理解、合意が進むには果てしない道のりがありそうですが、表現方法としてとても興味深い技術であることは間違いないと思いますので、今後の進展に注目し続けたいところです。

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シネマテクノロジー、ゆく年くる年 (2018)

2018年に起きたシネマ技術を取り巻く記憶に残る出来事を振り返りながら、2019年に予想される出来事を占ってみたいと思います。思い付くまま順不同で列挙してみましょう。

LED シネマディスプレイの登場

2017年から予告されていた Samsung の LED シネマディスプレイがついに今年正式な製品として登場しました。

大型の LED ディスプレイといえば、かねてから街頭ディスプレイで目にするような製品は出回っていましたが、劇場での映画上映の使用に耐えるような品質、機能、性能を備えたものはありませんでした。

Samsung Onyx Cinema LED は現時点で映画館で一般興行を行うために必要な品質、機能、性能を規定する DCI 認証 (CTP1.2) を取得し、まだ試験的ではあるものの、世界各地の映画館で一般興行を行いながら、上映機器として必要な実績を積み重ねてきました。

併せて、画面サイズの異なる二つのモデル(幅約10mと14m)を発売することで、対応可能な劇場サイズも広げました。

さらに昨今話題の音響方式 Immersive Audio の一方式である DTS-X にも対応したことで、来年は劇場上映システムとして、映像、音声を含めた総合的な市場評価が進むことになるでしょう。

一方で LED ディスプレイの本来の特性である HDR 性能を活かした映像制作とブランディングについては、業界内での働き掛けはみられるものの、更なる努力と工夫が必要な段階といえるでしょう。2019年中には、現状唯一の HDR シネマとして先行する Dolby Cinema に対抗できるような、具体的な展開がみられることを期待したいところです。

Samsung に遅れを取っている Sony も、今年後半に入って Samsung と同じ DCI 認証の取得を達成しましたが、まだ市場の動向を探っているのか、一般興行に使用される段階には至っていないようです。

Sony 製 LED シネマディスプレイ (Crystal LED) は Samsung Onyx と比べて画素間隔が狭いのが特徴で、4K 解像度でも幅約 5m で、より小さな画面に高精細の映像を表示したいという劇場に対象が絞られるので、同じ程度の大きさの劇場においては Samsung 製品との競合は避けられるでしょう。

Sony Crystal LED も製品性能としては現状の上映規格をはるかに上回るものを持っているのは事実なので、後はこの性能を活かした映像制作のプロセスを確立し、高品位上映方式のブランドとして、どのように業界内に浸透させられるかに掛かってくるでしょう。

ドルビーシネマ日本上陸

11月に待望の日本(九州)上陸を果たしてくれたドルビーシネマですが、2019年のゴールデンウィーク頃には当初の計画から遅れながらも首都圏(埼玉)への進出が予定されており、その後年内には都心でのオープンも実現する見通しです。

現時点で唯一世界規模で HDR 上映による映画興行が行われているドルビーシネマですが、 これまで随所で指摘してきたように、残念ながら字幕を必要とする日本での上映においては、本来の高品位な HDR の映像体験を楽しむことができるとはいえない状況です。

その要因として、1.ドルビーシネマ対応作品の製作者に日本での上映品質があまり注視されていない、2.日本国内でドルビーシネマの上映品質を管理する体制が整っていない、3.日本国内の観客にとって本来のドルビーシネマの品質がよく理解されていない、などが考えられます。

2019年、首都圏に登場する頃にはこれらの状況が改善されることを願うばかりです。

プレミアムスクリーンの乱立

今年に始まったことではありませんが、所謂プレミアムスクリーンが乱立される状況に、一映画ファンとして懸念を持ち続けています。

臨場感あふれる立体音響を楽しみたい、視界を覆い尽くす大画面の映像を観たい、より高品位な映像音声を楽しみたい、映像音声に合わせて振動や風や水飛沫も体験したい、後ろから蹴られる心配のない大きい座席に座りたい、映画を観ながらゆったり食事を楽しみたい、なんとなくプレミアムな優越感を味わいたい、などなど、プレミアム上映として追加料金のもとに提供される内容には様々なものがあります。

映画館でどのような体験を期待するのか、観客一人ひとりによって様々なので、一概にどの方式、どのブランドが良いか悪いかをランク付けする意図はありませんが、通常スクリーンと比べてどのような付加価値を提供してくれるのか、もう少しわかり易い表示、説明をお願いしたいと感じています。

個々の方式が実際の映画製作者の制作意図 (Artistic Intent) に沿ったものなのかという点についても気になるところでもあり、この辺り機会を改めて解説できればと思います。

Netflixの台頭

日本ではあまり大きく報じられることはありませんが、映画製作会社としての Netflix の躍進はここ数年めざましいものがあります。独自スタジオの設立や業界各社からの人材獲得なども凄まじい勢いで行われてきたようです。

これまで Netflix は自社のネット配信に特化した映画製作を行い、公式には劇場への映画配給に関心を示してきませんでしたが、そんな中でも昨年は中堅劇場チェーンの取得に興味を示すなど、業界内であらゆる可能性を模索しながら動き続けているようです。

ネット配信で競合する Amazon は既にネット配信と劇場配信の両方にまたがってビジネスを展開していますが、両者の力関係や旧来の映画会社との関係も目が離せない状況が続きそうです。

DCP 配信の電子化

デジタルシネマの時代に入り、上映作品の劇場への配送はフィルム缶からハードディスク (HDD) の形に変わりました。日本ではまだこの時代が続いていますが、世界では既に次の段階に進んでいる地域もあります。

最も進んでいるのは北米地域で、既に2010年頃から衛星データ配信のテストが始まり、現在主流は HDD 配送から衛星によるデータ配信に切り替わっており、HDD を配送するのは衛星受信設備のない小規模の劇場や非常時のみという運用になっています。

一方、一部の新興地域では、宅配事情よりも高速インターネットの普及の方が進んでいる地域もあり、そのような地域ではデジタルシネマ化と同時に劇場へのネット配信が導入されるケースも増えているようです。

日本では高速インターネットが先進国の中でも普及している筈ですが、同時に安全安価な宅配環境も整っているため、旧来の HDD 配送のまま変化が進まない様子です。

地球環境への負荷の側面から考えても、物理配送よりも電子配送の方が地球に優しい方法であることは疑う余地はありませんので、是非ともこの方向への動きが進むことを期待しています。

SMPTE DCP への移行

現在日本国内で流通している DCP は一部の特殊上映を除き、Interop DCP というフォーマットでパッケージされています。このフォーマットはデジタルシネマ黎明期の 2005年頃に業界有志によって作られ、3D 対応など機能拡張が行われながら今日まで使われています。

一方、2007年には標準規格である SMPTE DCP というフォーマットが規格化され、米国において直ちに市場導入の検討が始まりましたが、劇場機材の対応など現実とのギャップを埋めるのに年月を要し、実際に商業上映で導入されたのは 2015年のことでした。

その後、北米地域では着実に実績と改良を重ねながら導入作品を増やしており、2017年頃からは欧州一部地域でも導入が進んでいます。

日本市場に対しても導入の検討が行われましたが、日本独自の特殊事情(日本語字幕対応)により、現在のところ導入計画は未定となっています。

上映機材の新規導入や更新を検討する劇場様は、将来の SMPTE DCP への対応保証など、機材メーカーとの十分な確認をとっておくのが安心でしょう。

SMPTE DCP と Interop DCP にまつわる背景については、2019年に改めて記事をまとめたいと思います。

番外:アバター続編

2009年の『アバター』 “Avatar” 公開の後、毎年話題の陰に出ては消える『続編』ですが、残念ながら(?) 2019年も観れないようです。

主な原因は、制作技術にあるのではなく、現状の上映技術が製作者の要求に満たないというところにあるようです。

前作では初の本格的 3D 超大作として話題になりましたが、新技術にこだわりを持つジェームズ・キャメロンの要望により、続編では 3D に加えて『ある技術』を掛け合わせて上映したいということです。しかし残念ながら現状の上映機材ではその要望を満たすことができないので、その上映が可能になるまで公開しないという方針のようです。

現在のところ公開予定は2020年となっています。

幸いその要素技術はあるメーカーによって開発され、製品化は進んでいるようですが、実際に2020年にその機材を導入できる映画館は何スクリーンできるでしょうか?

大半の劇場では、特殊上映対応ではなく、通常の 2D または 3D 上映として上映されることになりそうです。

以上、年の瀬、思いつくままに記しましたが、2019年がより良い『シネマ』体験をできる年になることを願いながら、まとめとさせて頂きます。

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ドルビーシネマ、日本上陸予定のアップデート

今年4月に松竹マルチプレックスシアターズMOVIXさいたまにドルビーシネマが年内に導入予定であるとの発表があり、正式日程の発表が心待ちにされていましたが、何とこの先を越して、ティ・ジョイ博多に今秋日本初上陸との発表(ティ・ジョイ:ニュースリリース)がありました。

ドルビーシネマ(Dolby Cinema)とは特殊映像表現方式であるドルビービジョン(Dolby Vision)と特殊音響表現方式であるドルビーアトモス(Dolby Atmos)により構成されるドルビーが推進するプレミアム上映方式です。(ドルビービジョンとドルビーアトモスという名称は家庭用の特殊映像/音響表現方式にも使用されていますが、技術的には全く別物と考えるべきです。)

ドルビーシネマの映像表現方式であるドルビービジョンは、通常のデジタルシネマの最高輝度とコントラストを大きく上回る上映を可能とする独自規格の上映方式で、米国では2015年に「トゥモローランド」(IMDb) で一般上映が始まり、既に100館を超えるプレミアムスクリーンで楽しまれています。

最高輝度だけで比較すると類似のプレミアムスクリーンを提供するIMAXもありますが、ドルビーシネマの大きな特徴は薄暗いシーンでも細部の映像表現を失わずにスクリーンに再現できるという点にあります。この点において、現時点で商業利用可能な上映方式として対抗できる技術はないでしょう。

唯一対抗できる可能性のある上映方式としてSamsung Onyxがありますが、現時点ではドルビーシネマに対抗する規格で商業上映は行われていません。

ドルビーシネマ日本上陸に関する懸念

さて、米国での導入から遅れること三年、念願のドルビーシネマが日本にも導入されることになったのは喜ばしい限りですが、表向きには語られない技術的な懸念もあります。

ドルビーシネマの大きな特徴として『薄暗いシーンでも細部の映像表現を失わずにスクリーンに再現できる』と書きましたが、日本で上映する際に懸念されるのは字幕との干渉です。

日本語の字幕は、多くの国の字幕と比べて、歴史的な習慣で極めて大きなフォント(字体)が使用されています。明るいシーンではそんなに気になりませんが、薄暗いシーンでは字幕の明るさが邪魔をしてドルビーシネマの最大の特徴である『薄暗いシーンでの細部の映像表現』が完全に失われてしまうことになります。

勿論、これを回避する方法もありますが、果たして日本で公開される際に、どのような形で公開されるのか、大変気になるところでもあります。

当然プレミアムスクリーンとしてプレミアム料金が課されることになると思いますが、観客としてはプレミアム料金に見合った体験が得られるように、注視しておきたいところです。

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直視型上映機器の規格化に向けたDCIの覚書

LEDシネマディスプレイのような直視型上映機器の出現に伴い、これまでプロジェクターのような投射型上映機器を前提としてまとめられていた現行のDCIシステム規格(v1.2)を補完すべく、DCIシステム規格の改訂に向けた覚書が発行されました。

DCI Memorandum Regarding Direct View Displays

既に現行のDCIシステム規格のもとでDCI準拠の認定を受けているSamsung Onyxへの将来的な影響が気になるところですが、これに伴い直視型上映機器に関する業界内の動きが加速されるのは必至でしょう。

最終的に正式なDCIシステム規格として発行されるまで、まだしばらく時間が掛かりそうですが、要件として挙げられた項目は、対応を検討中のメーカー、スタジオ、ポスプロにとって重要なチェックリストとして見逃せません。

直視型上映機器の定義

まず最初に直視型上映機器(“Direct View Display”)とはどのように構成されるのかが定義されています。

  • スクリーン:直視型上映機器として機能するために必要なすべての機構を含むシステム全体を指します。
  • キャビネット:映像を表示する機能を構成するすべての機構を指し、通常複数のモジュールにより構成されます。
  • モジュール:キャビネットの映像表示部分を構成する要素で、通常劇場での修理交換などを行う際の最小単位となり、画素(発光要素)であるピクセルの配列により構成されます。
  • ピクセル:画素として必要な色域の光を発光できる最小の発光要素で、通常、赤、緑、青の3色のLEDにより構成されます。
システム要件草稿

19項目の検討項目がリストされており、まだ草稿ではあるものの、対応を検討する機器メーカーにとっては、製品設計に際して必要な施策を準備する上で、必要最小限の留意すべき項目のリストとなっています。

特に気になる項目としては、HDRへの対応、3Dへの対応、音響要件、セキュリティ要件などが挙げられます。特に音響、セキュリティに関しては従来の投射型上映機器とは基本的な前提が異なるため、機器メーカーは柔軟な発想を持って対応する必要がありそうです。

 

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LED シネマディスプレイ比較

昨年よりLEDシネマディスプレイの実用化が現実化してきましたが、商品化で先を行くSamsungと商品化には慎重なSony、それぞれのLEDディスプレイについて、両者に関する情報が公になってきましたので、現時点での知見をもとに比較したいと思います。

ここでLEDシネマディスプレイというのは従来のスクリーンに映像を投射するのではなく、スクリーン面上に無数に配列した微小半導体LEDを発光させることにより映像を作り出すものを指します。光源を直視することから直視型ディスプレイとも呼ばれます。

LEDディスプレイといえばこのところ家庭用のテレビにOLED(有機EL)が普及してきましたが、画素をLEDで発光させるというコンセプトは同じでも、発光素子の性質として発光波長など細かく異なる点があることは記憶しておくべきでしょう。

実体験

Samsung

昨年のCinemaConのタイミングでプレス発表が行われた後、なかなか実際の映像を体験する機会がなかったのですが、今回のCinemaConでは既にDCI規格の認証も取得し、満を持しての公開でした。
DCI規格を取得したのは4Kシステムですが、CinemaConのブースには2Kシステムの仮設のデモルームが作られ、いくつかのデモクリップを観せてもらいました。その一つが以下のものです。
YouTube: Samsung Onyx: Cinema LED Technology
これ以外に実際の商業作品のクリップも見ることができたのですが、CinemaConの翌週には、ロサンゼルス近郊のPacific Theatres Winnetkaに米国内で初めて劇場導入された4Kシステムで実際の映画上映を体験することができました。

CinemaCon 2018 Samsung Booth

Pacific Theatres Winnetka

Sony

「公の場でのデモ」としては2017年のCinemaConで初めて体験し、今年のCinemaConでも再び4Kのデモを体験しました。さらに今年は先に開催されたNAB Showで8Kのデモを体験しました。CinemaConでは劇場環境を想定した暗い部屋でのデモ、一方のNAB Showではオープンブースに設置されて周囲が明るい環境でのデモをそれぞれ体験しました。

Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018

Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018

Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018

今回の比較ではこれらの実体験とその後の業界関係者との情報交換を通して得た知見をもとに記していきたいと思います。

映像

Samsung

CinemaConでは仮設のデモルームで2Kのデモ映像を見ることができました。漆黒の黒と高輝度の映像は期待通りのものでしたが、デモルームという狭い空間で2Kの映像を見るとやはり解像度の限界が感じられ、このシステムの実力を評価するには物足りない環境でした。

Pacific Theatres Winnetka lobby

しかし、その翌週には実際の映画館で「アベンジャーズ:インフィニティウォー」全編を観ることができました。色も画も、プロジェクター投射による映像にありがちな「にじみ」や「なまり」はまったく感じられず、輝度もコントラストも忠実に「規格通り」の映像が再現されている印象で、まるでスタジオのスクリーニングルームで試写を観ているような質感があり、素直にこのシステムの基本性能の高さを感じることができました。

Pacific Theatres Winnetka Screen 20

一方、この劇場には4Kのシステムが設置されていたにも関わらず、配給されているDCPは通常の劇場で上映するものと同じ条件で作成された2KのDCPであったこともあり、折角の4Kの解像度を体感することができなかったのは残念でした。劇場側としてもまだ試験導入というスタンスのようで、敢えてLEDディスプレイであることも掲示ておらず、チケット料金も普通のスクリーンと同じ設定でした。

Sony

デモ映像を見た限り、画素が点発光である所為か、Cystal LEDという名前に相応しく、クッキリとした鮮やかな映像を表現するのに適しているように感じました。デモ用に作られた映像では明らかに通常の劇場上映の規格を超えるコントラストとダイナミックレンジが表現されており、従来の映画映像の規格を大きく変える可能性のあるデバイスとして期待を抱かせるものでした。

現時点で両者の商品化のフェーズは全く異なっているのと、用意された映像ソースが必ずしもそれぞれのデバイスの能力を最大限に発揮できるように作られたものとはいえないので、ここで両者の優劣を語るのは避けたいと思いますが、共通していえる課題として、これらの性能を活かすことができる映画作品は誰がどのように作ってくれるのか、現時点では両者ともまったくの未知数だといえます。このプロセスを上手く確立できなければ、デバイスの性能も充分に活かされず、それに見合った興行収入に結び付けるのも難しいでしょう。

発光素子、色、色域

個々の発光画素は自由に色を変えて発光するように見えますが、赤(R)緑(G)青(B)それぞれ単色のLED発光素子を組み合わせて構成されており、個々の出力を調整することで様々な色を発光します。

各発光素子の材料系など細かな情報は公開されていませんが、すべて半導体LEDを使用しているため、表示可能な色域は両社とも概ね同じであると推測されます。特に半導体LEDの弱点である緑の発色については共通の特徴として留意しておくべきです。すなわち、このところ次世代の映画フォーマットの基準として関心を集めている広色域化の要求を満たすのは困難なデバイスであることは記憶しておくべきでしょう。この点については業界関係者の間でも概ね認識されていますが、これ以外の魅力も多いデバイスでもあり、現時点でこれを問題視する声もあまり上がらないというのが現状のようです。

発光画素

発光素子として半導体LEDを使っていても、発光画素の形態には両者の間に大きな違いがあります。

Samsung

表面から見た個々の発光画素は正方形かそれに近い矩形の突起となっており、散光板(diffuser)のような材質の表面から均質に光が出力されるように見えます。RGBそれぞれの発光素子を目視することはできませんが、表面の散光板のお陰か、出力される光は綺麗に混ざり合って見えます。画面すれすれの角度から見ると若干色のズレが認められますが、そのような角度から映画を観ることはないので、実用上は問題ないでしょう。

個々の発光画素はつや消しの黒の素材の基板上に配列されているのと、発光素子の表面は散光板状の素材で作られているため、周囲からの光が反射することはなく、また乱反射も極めて低レベルに抑えられているのが分かります。通常の映画のスクリーンも外光の反射はありませんが、スクリーンに当たる光は効率的に乱反射するように作られているので、劇場内の無駄な光も散乱させ、黒のレベルを引き上げる要因になっています。その点において、SamsungのLEDディスプレイはこの問題を意識できないレベルまで低減できていると感じられます。

Sony

表面が透明なガラスで覆われた下に黒色の基板がありそこに発光画素が配列されていますが、電源オフの状態では一見何もないガラス板にしか見えません。じっくり目を凝らしてみると点状の素子が配列されているのが分かりますが、肉眼ではRGBそれぞれの発光素子を区別するのは不可能で、実際に発光させてみても「点」光源から画素毎の色の光が出力されており、RGBの三原色で色が作られていることを肉眼で確認することはできません。見る角度による色のズレも感じられません。

発光した時の色の鮮明さは極めて高く感じられますが、表面が透明なガラスで覆われているため、低反射コーティングが施されているとはいえ、見る状況、周囲の光の状況によっては反射光が気になることもあります。可能性は低そうですが、映画館のような暗い環境でも、条件次第で画面のLED光で照らされた客席からの照り返しが再度画面で反射して見えてしまうことはないのか確認したいところです。

コントラスト、ダイナミックレンジ

プロジェクション(投射)方式では、小さな画像素子から反射された光を、多くの光学素子を複雑に組み合わせた光学系を通して遠方のスクリーンに投射、結像させなければならないため、画像素子で作られた筈の高品質の画像がスクリーンに映し出されるまでに様々な形で「なまって」しまいます。

LED方式では画素一つ一つの出力を直接デジタル制御して、DCPの中に作り込まれた画像データがそのまま実際の画像として表示されるので、原理的には制作時に意図された微妙な濃淡や明暗を極限まで忠実に再現することが可能です。

解像度と画面サイズ

画面解像度は縦横に配列された発光画素の数で表されます。

プロジェクターからの投射映像のようにレンズでズームすることはできないので、作り込まれた画面の大きさとその表面に配置された発光画素の数で、解像度と表示可能な画面の大きさが固定値として決まってしまいます。この点が、LEDディスプレイを劇場で使用する際に、最大の制約となってしまうと言っても良いでしょう。

発光画素は精密な半導体素子により構成されているため、現在の製造技術では素子の間隔を自由に拡大縮小するのは難しく、製造メーカーとしてもいくつもの異なるサイズで製造するのは採算性を考えると非現実的だといえます。

LEDディスプレイの商品性として、現行のプロジェクター投射の劇場をすべて置き換えることを目指すのか、それともプレミアムスクリーンに限定した置き換えを目指すのか、さらにその場合、どのような大きさのスクリーンを対象にするのか、これらを冷静に分析して商品戦略を立てることが重要だといえます。

音響

現在普及している映画館の音響方式の代表的なものとして5.1または7.1チャンネルサランド方式がありますが、家庭用で一般的な(2チャンネル)ステレオ方式とは異なり、劇場内の周囲から包み込むように独立したチャンネルが配置されています。ステレオ方式との大きな違いのひとつに正面中央に配置されたチャンネルがあります。現在通常の映画館ではスクリーンの正面方向から音を出すために、布製のスクリーン全面に細かい穴が開けられており、スクリーンの背後に設置されたスピーカーからの音が客席に向かって出るようになっています。

LEDディスプレイを採用した場合、現状ディスプレイ前面から音を出力することができず、スクリーンと同様の方式で音を出すことができません。このことはLEDディスプレイの共通の課題として認識されています。

Samsung

LEDディスプレイ本体前面から音を出すことができないので、擬似的に前面から音が出ているように感じさせる仕組みを劇場音響メーカーと共同で開発しています。その仕組みを簡単に説明すると、ディスプレイ上端に客席に向けた反響板を設置し、ディスプレイとは別に設置された音源から出る音を反響させて、間接的に客席に響かせるようにしています。この方法は苦肉の策としては、ある程度の効果はあるようですが、劇場内の座席の位置や聴く人の感じ方次第では、さらなる改善が求められるレベルだといわざるを得ないでしょう。実際、私が着席したのは劇場内の中央部の座席でしたが、前面からの音声は明らかに上方から出ているのが感じられ、シーンによっては違和感を感じることもありました。一方、劇場後方の座席では恐らくこのような影響は軽減されると思われますが、通常プレミアム席が設置される中央部で制約が出てしまうのは残念なところです。

Sony

LEDディスプレイ前面から音を出すことができないのはSamsungと同じで、まだ実際の劇場への導入も未計画の現時点では明確な対策は打ち出されていません。ただ家庭用のOLEDテレビではディスプレイ前面から音を出す製品も出されているので、画面全面がガラスで覆われているという構造を活かして、このような技術との組み合わせによりこの問題を解決するような製品が出てくることを期待したいところです。