前回『IMAX vs. ドルビーシネマ』と題して比較記事を書いてから約2年が経過し、国内の状況もかなり変わってきました。引き続き両者に関する関心が高いようなので、今回も双方実際の劇場での体験をもとに、最近の状況を踏まえながらアップデートしてみます。
目次
IMAXレーザーとドルビーシネマの導入館の増加
前回記事を書いた時点では国内にはIMAXレーザーを導入した劇場がまだ少なかったため、敢えて当時国内の劇場により多く普及していたIMAXデジタルと比較しましたが、その後IMAXレーザーを導入する劇場が増えてきましたので、先ずはIMAXデジタルとIMAXレーザーの違いから見ていきたいと思います。
一方のドルビーシネマはIMAXレーザーの数には及ばないものの、この2年の間に首都圏、関西、名古屋などに導入館を増やし、いよいよ二桁に届きそうな勢いです。この状況を踏まえて、後半ではIMAXレーザーとドルビーシネマの違いを見ていきたいと思います。
IMAXデジタルとIMAXレーザーの主な相違点
変更された点だけでなく、(意外にも)変更されていない点も、敢えて並べてみました。
また、IMAXレーザーの拡張版であるIMAXレーザー/GTテクノロジーも並べてみました。
IMAXデジタル | IMAXレーザー | IMAXレーザー/GTテクノロジー | |
---|---|---|---|
システム最大解像度 | 拡張2K (横2048x縦1080) | 拡張4K (横4096x縦2160) | 同左 |
最大画面縦横比 | 1:1.90 | 1:1.90 | 1:1.43 ※アナモフィックレンズにより縦方向に引き伸ばして投影 |
光源 | キセノンランプ | 6波長 RGBレーザー | 同左 |
色域 | DCI P3 | DCI P3 (システムとしては WCG(Rec.2020) にも対応可) | 同左 |
3D 方式 | 左右直角の直線偏光で左右の映像を分離(頭の角度次第でクロストーク発生) | Dolby 3D方式 (薄膜干渉フィルターにより左右の映像を分離:クロストーク殆どなし) | 同左 |
DCP | 独自拡張版 Interop DCP(IMAX 独自規格に基づく高輝度/高解像度マスタリング) | 同左 | 同左 |
字幕方式 | CineCanvas 方式 | 同左 | 同左 |
光源:キセノンランプ => RGBレーザー
まず名前からも明らかなように、IMAXレーザーでは光源がキセノンランプから6P-RGBレーザーに変更されました。
この点において、原理的にはドルビーシネマと同等の高輝度、広色域を実現できるようになったことになります。
これにより表現可能な映像の可能性は広がったといえますが、作品自体がそれを活かすことを意図して作られていなければあまり意味がありません。
その一方で、一部ドルビーシネマでも散見されるように、レーザー光源特有の問題『レーザースペックル』が発生するようになってしまい、ランプ光源のIMAXデジタルでは無かった問題を抱え込むことになってしまいました。
これは光源をレーザー化したことによる最大のリスク要因といえるでしょう。
システム最大解像度:2K => 4K
画素数が縦横2倍の画像素子を採用することにより2Kから4Kになりました。
これによりドルビーシネマと同じ水準の4K解像度を実現できることになりますが、IMAX独自の工夫として2台のプロジェクターを縦横1/2ピクセルずれるように投影することで、実効的な解像度を若干高めているということです。
この仕組みを正しく機能させるには、原理的に4K解像度の倍の8K精度で2台のプロジェクターの映像を合わせ込む必要があることになりますが、どのような方法で巨大スクリーン全面に対してこの精度を実現できるのか、神秘的な疑問を感じざるを得ません。
また、いうまでもありませんが、この効果を出すためにはDCP制作の時点でこの仕組みを考慮したマスタリングを行う必要があり、通常のDCPを上映してもこの効果が得られる訳ではありません。
3D方式:直線偏光方式 => Dolby3D方式(薄膜干渉フィルター方式)
偏光方式と干渉フィルター方式にはそれぞれ一長一短がある訳ですが、Dolby方式と同じになったことで、良くも悪くもドルビーシネマと同等になったと考えて良いでしょう。
字幕:ギザギザ、色のにじみ
字幕方式については原理的にIMAXデジタルから変更はないようです。
すなわち、一般的なデジタルシネマ上映で採用されているのと同様で、上映時にCineCanvas方式で記述された字幕データテキストファイルを読み込み、主映像の画像データに重ね合わせて表示するという方法です。
IMAXデジタルで文字の輪郭のギザギザが目立つ点については以前から指摘してきた通りです。
IMAXレーザーでは解像度が4Kになったことから、この点は当然改善されていることを期待していたのですが、ギザギザがあまり改善されていないだけでなく、新たな問題が露見されるようになりました。
多くの字幕は白に黒の縁取りが施された文字が使用されていますが、文字の縁に本来ある筈のない色味が出てしまうようです。
通常シネマプロジェクターでこのような色味が出る時にはプロジェクター内の光学系にズレが生じていることがありますが、その場合は字幕だけでなく画面全体に同様の問題が発生します。
しかし、同じ白黒でもラストクレジットの文字にはこのような問題が見受けられないことから、上映システム内で字幕を生成する際の描画精度、描画品質に問題がある可能性が高そうです。
主映像の描画には入念な品質管理が行われているようですが、字幕の描画プロセスには十分な努力が感じられないのが残念です。
字幕の明るさに関しては、ドルビーシネマとの比較を含めて改めて後述します。
『IMAXレーザー』と『IMAXレーザー/GTテクノロジー』
『IMAXレーザー』の進化版のような名前を冠した『IMAXレーザー/GTテクノロジー』という上映システムもあり、日本国内には大阪と東京に1スクリーンずつ導入されています。
本来、フィルム上映の IMAX は、70mmフィルムで制作された映像を、フィルムからそのままスクリーンに投影することで巨大な映像を高品質に再現することを特徴としていました。
70mmフィルムの IMAX の映像は、デジタルシネマと比べて解像度が桁違いに優れていただけでなく、映像の画角(縦横比)が 1:1.43 と現在の IMAX と比べると上下に広がりのある映像が特徴でした。
GTという名前の由来ですが、元々は70mmフィルムのIMAXの上映館が GT (Grand Theatre) と呼ばれており、当時の上映フォーマットを再現する意味が込められているようです。
すなわち、デジタル方式のIMAXでも70mmフィルムの画角の映像を丸ごと上映できるように作られたのが『IMAXレーザー/GTテクノロジー』ということのようです。
そもそもデジタル方式の IMAX の画角はデジタルシネマ標準の画像素子の有効画角(横4096x縦2160または横2048x縦1080)の制約で、IMAX フィルム本来の画角 1:1.43 の上下を切り落として 1:1.90 に収められてしまった訳ですが、『IMAXレーザー/GTテクノロジー』では本来の70mmフィルムに焼き込まれた映像を切り落とすことなく上映できるように工夫が施されています。
この工夫とは画像素子の画角を変えるのではなく、元の映像を縦方向に縮めて通常の画像素子の画角に合わせ込み、上映する際に縦方向に伸長させる特殊な投影レンズ(アナモフィックレンズ)により70mmフィルムと同等の画角の映像を投影することが可能となっています。
この方法により70mmフィルムに収められた映像を切り落とすことなく上映できるようになる訳ですが、その一方で縦方向の解像度を若干犠牲にすることになってしまいます。
そもそもフィルムをデジタル化する時点で解像度が一桁程度は劣化している訳なので、さらに幾分劣化しても、元の映像の上下を切り落とされるよりは良いだろうという考え方もあるかも知れません。
残念なことに現状70mmフィルムのIMAXを上映できる劇場は世界に数カ所しかなく、日本国内には1スクリーンもありません。
『IMAXレーザー』を選ぶか『IMAXレーザー/GTテクノロジー』を選ぶかは、作品を作る人のこだわりと観る人のこだわりの兼ね合いで選ぶしかなさそうです。
以上がデジタル方式の IMAX 三種『IMAXデジタル』、『IMAXレーザー』、そして『IMAXレーザー/GTテクノロジー』それぞれについての特徴となります。
続いてドルビーシネマの状況を振り返りながら、IMAX(今回は特に『IMAXレーザー』)との違いについて所感を綴ります。
IMAXレーザー vs. ドルビーシネマ
コンテンツの品質
今日映画館に配給されるDCPは基本的にすべてDCIが定める基準に基づいて制作(マスタリング、パッケージング)されています。
しかし、IMAX用とドルビーシネマ用のDCPはそれぞれの品質を引き出すための特殊な基準で制作する必要があります。
すべての劇場公開作品に対して、それぞれの上映方式に最適化されたDCPが配給されている訳ではありません。
一方、IMAXでもドルビーシネマでも、通常のDCPを上映することは可能ですが、その場合、IMAXやドルビーシネマのそれぞれの上映方式が本来持つ品質の上映ができる訳ではありません。
IMAXやドルビーシネマを選ぶ際には、上映作品がそれぞれの方式に最適化されているかどうかを確認した上で選んだ方が良いでしょう。
比較的分かりやすい判別方法としては、ラストクレジットの最後の方に『Dolby Vision』や『IMAX』のロゴが入れられている場合があります。この場合、その作品がドルビーシネマやIMAXのフォーマットで制作されたことを意味します。事前に知る方法としてはIMDbのようなデータベースで調べられる場合もあります。
さらに、作品によってはどちらかの方式に特にこだわりをもって制作されているものもあり、そうした作品ではいずれかの上映方式の特徴をより活かした形でDCPが提供されることもあります。
例えば、クリストファー・ノーラン監督がIMAXを絶賛しているのは有名な話ですが、彼が本当に絶賛しているのはフィルム方式のIMAXであることも覚えておいた方が良いでしょう。
結論として、コンテンツの品質は作品次第ということになり、どちらの方式の方が絶対的に優れているということはできません。
上映品質の管理
米国におけるドルビーシネマの問題点についてはこれまでにも『ドルビーシネマの上映品質』などで指摘してきましたが、国内での導入館が増える中、幸いなことに米国のドルビーシネマで散見されるような品質問題を日本国内で感じたことはまだありません。
一方のIMAXレーザーですが、国内の導入館においてもレーザースペックルを無視できない上映も見受けられ、今後の導入館の拡大に対して大きな懸念材料だと判断せざるを得ません。
このような状況にありながらも、双方の上映方式に共通しているのが、毎日自動で上映システムのキャリブレーションが行われており、各社が定める水準を満たしていることを確認していると謳われている点ですが、具体的なキャリブレーションの内容、方法、原理、精度については詳細の説明がありません。
もしこのキャリブレーションが内容、精度ともに十分に機能していれば、これまで各地で各方式で散見されたような問題は起きてはならない筈ですが、いずれの方式でも必ずしも十分に機能している訳ではないことは明らかなようです。
一般利用者が劇場を選ぶ際に上映システムが最適な状態に保たれているかを知る方法はありません。また、劇場側でも上映システムの技術詳細を把握できるものでもありません。
もし上映品質に疑問を感じることがあれば、IMAXやDolbyに問い合わせてみた方が良いでしょう。
字幕の品質:明るさ
なかなか改善が認められないのが字幕の輝度問題です。
レーザー光源になり高輝度の上映が可能になったことで、主映像の輝度だけでなく、字幕の輝度まで不必要に明る過ぎる状態で制作、上映が行われることがあります。
字幕の明るさはDCPをマスタリングする際に調整可能なので、本来IMAXとドルビーシネマで技術的な優劣はない筈ですが、制作時にどれだけ注意が払われているかの違いと考えて良いでしょう。
同じ作品を見比べた場合でも、IMAXの字幕は概ね程よい明るさに調整されて、字幕が眩しいと感じる場面が少なく感じされるのに対し、ドルビーシネマの字幕は目を刺すように眩しく感じることが多く感じられます。
当然のことながらすべての作品で同じ品質でマスタリングされているという保証もないので、観る作品次第で品質が異なる可能性があることも覚えておくべきでしょう。
IMAXレーザーとドルビーシネマ、結局どちらが良いのか?
結論として、両者に絶対的な優劣は付けられません。
- 作品次第:
- 両方の方式に対応してマスタリングが行われていたとしても、その作品自体の特徴によって優劣は別れます。
- 例えば、視野を覆いつくすような映像が特徴的ならばIMAX、高輝度、高コントラストの映像が特徴的ならばドルビーシネマ、という感じです。
- 観る人の好み次第:
- 観る人の好みによってどんなところが気になるか、気にならないかは大きく異なります。
- 例えば、画質はよく分からないが視野を覆いつくすような大画面が好きならばIMAX、繊細な映像表現や音場表現が気になるのであればドルビーシネマ、という感じです。
- 上映システムの状態次第:
- 上映システムが最適な状態に調整されているべきなのは基本ですが、多くの利用者にとってこれを判別するのは容易ではありません。それにも関わらず、現実には最適とはいえない状態の上映システムも散見されます。映像や音声で気になることがあれば、臆することなく劇場または上映システムのメーカーに問い合わせることをお勧めします。(その際は嫌なクレーマーと思われないように気を付けた方が良いかも知れません。)
- スペックルなど:
- 特にレーザー光源による弊害は注意しておきたいところです。上映システムの設置調整状態、スクリーンとの相性、映像との相性など、発生原因は複雑ですが、いずれの方式でも発生する可能性がある問題です。また、人体(目)に与える影響も完全に明らかにされている訳ではないので、長期的に注意をしておくべき課題といえるでしょう。
いずれにしても、国内でも上映作品次第で観賞するスクリーンを選べるようになってきたのはよろこばしいことだと言えますが、上映システムメーカー各社には漠然とした宣伝文句を裏付ける技術説明と各種問題点の解決に継続的に取り組んでもらいたいものです。