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デジタルシネマのダブルスタンダード :SMPTE DCP と Interop DCP 〜迷走する日本語字幕対応〜

デジタルシネマ唯一の正式な標準規格である所謂 SMPTE DCP への移行が北米地域でほぼ完了し、全地域での移行が本格的に推奨され始めて十年以上になります。

世界各地では着々と移行が進む中、日本では未だに殆ど進んでいません。

その理由として、日本語字幕の表示に関する問題が解決されないためと漠然と信じられていますが、その背景にある込み入った事情を掘り下げてみます。

歴史的背景

100年の歴史を経て作り上げられたフィルムシネマの品質とオペレーションの枠組みを、デジタル技術により置き換えるもの(そしていずれはフィルムシネマでは得られなかった体験をも提供するもの)として定義されたのが『デジタルシネマ』です。

ハリウッド主要スタジオにより構成される DCI は、デジタルシネマの品質、機能、枠組みを定義する文書として『デジタルシネマシステム仕様』を策定しました。2005 年に初版が発行されて以降、内容の修正や追加が積み重ねられながら今日に至ります。

一方、デジタルシネマの仕組みを正式に定義づける技術規格の大部分は SMPTE という標準化団体に登録されています。

デジタルシネマに関する一連の技術規格の初版が出揃ったのは 2007 年で、その後も改版や新たな規格の策定が重ねられてきました。

SMPTE に登録されているデジタルシネマに関する技術規格は DCI が規定する『デジタルシネマシステム仕様』に準拠するように作られています。

DCI がデジタルシネマの枠組みの定義づけを行い、SMPTE がその技術規格を策定、管理するという関係です。

しかし、SMPTE における一連の技術規格が完成する何年も前から、商業上映を利用した技術実証が積み重ねられてきました。これが Interop と呼ばれる技術規格で、SMPTE のデジタルシネマ規格のベースとなっています。

Interop 規格は標準化団体で作られたものではなく、 iPath という非公式な活動を通じて取りまとめられました。ここにはデジタルシネマに関わろうとする機器メーカー、制作会社(ラボ)など関係各社から有志が集まり、そこで共有された技術仕様書に基づいて、テストコンテンツの制作と上映機器の動作確認が繰り返されました。そして Interop 規格の根幹部分は 2006 年頃には固定されました。

Interop 規格はまだドラフト段階の DCI デジタルシネマシステム仕様と並行して策定されたため、多くの点で DCI の要求を満たさないものでしたが、最終的には SMPTE で策定される DCI 準拠の標準規格に移行するという前提のもと、Interop 規格に基づくベストプラクティスを積み重ねながら商業運用が広がりデジタルシネマのエコシステムが形作られて行きました。

一方の SMPTE 規格は 2007 年に一連の規格文書の初版が発行されたものの、既に運用が始まっていた Interop 規格と乖離する部分も多く、さらには改訂作業が継続していた文書も多く、商業運用で Interop 規格から SMPTE 規格に移行するには綿密なプランを練る必要がありました。

Interop 規格から SMPTE 規格へ

SMPTE 規格は Interop 規格をベースに構築されたので、基本的な構造は似ています。どちらの規格にもデジタルシネマのコンテンツの基本となる DCP と KDM のフォーマットが規定されています。

論理的なデータ構造とその処理の流れは Interop 規格、SMPTE 規格ともほぼ同じですが、厳密な意味で両者の間に互換性はなく、制作から上映に至るすべてのプロセスで明確に区別して処理を行う必要があります。

Interop と SMPTE 両者の違い

DCP/KDMとも Interop 規格と SMPTE 規格では様々なレベルの違いがあります。

  • Interop DCP と SMPTE DCP: フォーマットの相違〜テキストデータ、バイナリーデータともほぼ全ての構成ファイルで細かな点で異なります。
  • Interop KDM と SMPTE KDM: フォーマットの相違、電子証明書の相違、それに関連するセキュリティ上の処理、挙動の相違
・Interop DCP と SMPTE DCP

映像データと音声データは Interop/SMPTE とも MXF 形式のファイルに包まれており、内部の細かな情報(セキュリティに関する補助データなど)に違いはあるものの、映像音声の品質基準という観点では両者に全く違いはありません。

上映時には Interop か SMPTE かを明確に区別して処理を行う必要がありますが、論理的にはほとんど同じ構造を持ち、両者を同じ上映システム上で取り扱うことは難しいことではないでしょう。

ファイル構成上の最も大きな違いは字幕データです。Interop DCP ではテキスト(XML)形式とバイナリー(フォント、PNG)形式の複数のファイルから構成されており暗号化できないのに対し、SMPTE DCP ではそれらを少数のバイナリー(MXF)形式のファイルにラッピングし、必要に応じて暗号化も可能となっています。

字幕の文字、レイアウト、タイミング情報は Interop/SMPTE とも XML 形式のファイルに記述されていますが、細かな点で記述規則が変更されており、厳密な意味での互換性はありません。

上映システムによって字幕イメージの描画プロセス、主映像へのオーバーレイプロセスの実装が各社各様で異なるため、上映システム毎の表示のばらつきが生じやすい機能といえます。

・Interop KDM と SMPTE KDM

Interop 規格から SMPTE 規格に移行する際に最も大きな課題となったのは KDM でした。

Interop DCP と SMPTE DCP はひとつの上映システムの中で共存させても問題ありませんが、Interop KDM と SMPTE KDM では上映機器の電子証明書を供用することができません。

Interop KDM と SMPTE KDM をひとつの上映システムで併用するには、それぞれの規格に合わせた証明書が必要となり、これでは DCI 認証を受けることができないことを意味しました。

ある上映システムで使用されているすべてのコンテンツを一夜にして Interop DCP/KDM から SMPTE DCP/KDM に入れ替えるというのも現実的ではなかったので、Interop 規格から SMPTE 規格への移行のためには何らかの工夫が必要でした。

運用規則の移行:Interop -> Interop Transitional 1 -> SMPTE

そこで考え出されたのが、DCP と KDM を同時に SMPTE 規格に移行するのではなく、その前段階として Interop DCP と SMPTE KDM と組み合わせた運用に移行する方法でした。
これが Interop Transitional 1 として知られる運用規則です。

そのためには当然上映システムのソフトウェアに修正が必要ですが、SMPTE KDM を使用できるようにするということは、セキュリティに関する一連の内部処理を DCI 準拠のプロセスに統一できることにもなるので、その後の SMPTE 規格への全面移行の準備段階として悪い変更とは考えられませんでした。

この運用規則の利点を列挙します。

  • 上映システム側の変更としては多くの場合ソフトウェアの修正で対応可能だった。
  • これまでの Interop DCP も SMPTE KDM と組み合わせてそのまま上映できる。
  • 一つの上映システムで Interop DCP と SMPTE DCP を混在させても原理的にすべて SMPTE KDM だけで上映管理ができる。(※Interop KDM は二度と使用できない。
  • DCI 認証を目指していた機材でも、DCI 認証試験に違反する修正を施す必要がなく、上映システムはそのままの状態で DCI 認証を受けられる。

そして、この Interop Transitional 1 という段階が導入されたことにより、Interop DCP を継続して使用しながらも DCI 認証に必要な対応を進めることができるようになった訳です。

今日(DCI系)ハリウッド主要スタジオ配給作品の商業上映が許可される上映システムは、すべて Interop Transitional 1 で運用するための要件を満たしているということになります。

北米での SMPTE DCP 移行完了

当初の Interop Transitional 1 から細かな調整が行われた “修正” Interop Transitional 1 と呼ばれる運用に落ち着いたのち、本格的な SMPTE DCP への移行が北米地域で始まったのが 2012 年頃のことで、2014 年頃には北米地域で制作、配給される作品はほぼすべて SMPTE 規格に則って制作、配給されるようになりました。

世界各地の SMPTE DCP 移行状況

SMPTE DCP への対応状況は SMPTE DCP MIGRATION PROJECT で概観することができます。

このウェブサイトでは SMPTE DCP に対応できる劇場(サイト)数の割合を閲覧することができます。

日本での SMPTE DCP 移行状況

残念ながら日本国内では未だ SMPTE DCP に移行しようという動きはなく、Interop DCP (“修正” Interop Transitional 1 )での運用が主流となっています。

一部の特殊上映方式(高コントラスト上映、没入型音響上映)では当初から SMPTE DCP のみで配給されていますが、それ以外の上映方式には Interop DCP で配給されています。

SMPTE DCP MIGRATION PROJECT によると、日本の約3割のサイトで対応可能となっていますが、これはすべてのスクリーンに対する割合ではないことに注意が必要です。

あるシネコンに1スクリーンでも特殊上映方式のスクリーンがあると、サイトとして対応可能とカウントされてしまいますので、実際に対応実績のあるスクリーンの割合ははるかに低い数字であると考えられます。

とはいえ、基本的に日本国内でも DCI 認証を受けた上映機材が使用されている限り SMPTE DCP による上映は可能なので、その気になればすぐにでも移行できる筈ですが、一向に進まないのは何故でしょう?

日本国内で SMPTE DCP の導入が進まない理由として SMPTE DCP の字幕表示に問題があるためだと漠然と信じられていますが、それは事実に基づく理解なのでしょうか?

後半ではデジタルシネマにおける字幕表示の仕組みについて振り返ってみたいと思います。

シネマの字幕

フィルムシネマでは、主映像が記録されているフィルムの一コマ一コマに字幕のイメージを重ねて焼き付けるという方法が取られていました。

デジタルシネマでも同様に、主映像一枚一枚に字幕イメージを重ね合わせた画像データを配給用の主映像として使用されることもあります。

この方法の長所は、観客が目にするであろう主映像と字幕イメージの最終バランスとその品質を事前に確認した上で配給できることです。

しかしこの場合、各国語対応のために配給言語の数だけマスターデータを生成、管理しなければならず、映像データの取り扱いに多大な時間とコストが掛かることになります。

そこで考え出されたのが、字幕データを主映像とは別ファイルに記録し、配給地域に合わせた言語で作成された字幕データを添付し、これを上映時に主映像と重ね合わせて映写する方法です。

デジタルシネマの字幕データ

デジタルシネマの字幕データは、

  1. 台詞等の文字情報、表示位置等のスタイル/レイアウト情報、表示のタイミング情報が含まれる XML ファイル、
  2. 文字描画に使用されるフォントファイル、
  3. フォントで描画できないイメージを描画するための PNG ファイル

の組み合わせで構成され、映像音声データと共にすべて DCP に含まれています。

Interop DCP では上記 XML/フォント/PNGファイルはすべて暗号化されない平文の状態で個別ファイルとしてフォルダ内に保存されます。

一方、SMPTE DCP ではすべて MXF形式のファイルに包まれて保存され、映像音声データと同様に必要に応じて暗号化することも可能です。

字幕表示の仕組み:上映機器の移り変わり

字幕レンダリング機能:最初の実装 〜 黎明期:DLP Series 1

当初のデジタルシネマ上映システムは、主映像の信号を生成するシネマサーバーと映像を投射するシネマプロジェクター、別々の筐体で構成されていました。

字幕表示を実現する方法として最初に登場したのは、プロジェクター内で字幕を合成する方式でした。

字幕データは主映像の入力とは別に、プロジェクター筐体に刺されたオプション基板にイーサネット経由で入力され、その基板上で字幕イメージのレンダリングを行い、主映像にオーバーレイさせて投影するという仕組みでした。

当時デジタルシネマプロジェクターとして複数社が製品化を進めていましたがすべて DLP 方式の映像素子を採用しており、これらには共通の字幕挿入用のオプション基板を使用することができました。

これによりどの会社のデジタルシネマプロジェクターを使用してもまったく同じ品質の字幕を描画することが可能でした。

今から振り返ると主映像をデコード、レンダリングするシネマサーバーで字幕のレンダリング、オーバーレイまで完結した方がスマートではなかったかと感じられますが、標準規格が粗方固まっていた主映像の処理と比べて、字幕データには実用に耐える技術規格が存在しなかったため、共通のオプション基板を採用することで互換性を保つことができた訳です。

・日本語字幕の特異性と日本語字幕表示の制約

しかし間も無く、日本語字幕表示上の大きな制約があることが認識されるようになりました。

  • このオプション基板のハードウェアではフォントファイルなど使用可能なファイルサイズに制約がある(一般的な日本語フォントファイルはそのままでは使用できない)
  • 日本語字幕で多用される縦書き、ルビ等の複雑繊細なレイアウトを正確に再現するには字幕データ制作時にかなりの工夫が必要になる(マルチバイト文字を使用する言語は他にもありますが、日本語ほど複雑繊細なスタイル、レイアウトが求められる言語は世界中どこを探しても他に例がありません)

当時、フィルム字幕と同等の繊細な字幕表示が求められ、デジタル上映に対しても極めて厳しい要求がありましたが、それでも各制作会社とも独自の工夫を重ねることで、なんとか要求に応えていたようです。

字幕レンダリング機能:二つ目の実装 〜 過渡期:Interop Transitional1

こんな中で先行する DLP 方式とはまったく異なる原理、仕組み (LCOS) を採用した製品が登場しました。

この製品はシネマサーバーとシネマプロジェクターがひとつの筐体に収められた構造で、シネマサーバー部で主映像のレンダリング、字幕のレンダリング、オーバーレイまで完結し、これをプロジェクター部に直結して映写するという仕組みが採用されました。(そしてこのサーバー+プロジェクター一体型方式はその後 DLP 方式のシネマプロジェクターでも主流となりました。)

この製品は当初から Interop DCP と SMPTE DCP に両対応し、デジタルシネマ上映システムとして業界初の DCI 認証を受けた機材となりましたが、DLP 用字幕レンダリング基板に次ぐ二つ目の字幕レンダリング機能を実装したことで、当初は先行する字幕基板の動作と整合性を取るために数多くの字幕データを使用した(所謂『現物合わせ』に近い)調整を行わなければなりませんでした。

そしてこの時点で将来の字幕表示機能の互換性確保に対して懸念すべき状況であることが、一部関係者の間で認識され始めることになりました。

字幕レンダリング機能:各社実装の氾濫 〜 混乱期

その後、各社の DCI 認証への対応に併せてシネマサーバーで字幕レンダリング機能を実装したシステムが増えるにつれ、事態は混沌とした状況に向かうことになりました。

シネマサーバー各社は個別に字幕レンダリング機能を実装し、さらにシネマプロジェクター各社も独自にプロジェクター一体型のシネマサーバーを開発しそれぞれに字幕レンダリング機能を実装しました。

そしてこれらは日本語字幕表示に対する十分なテストも行われないまま DCI 認証試験を通過し、市場に出回ることになりました。

私自身、すべての上映システムとすべての日本語字幕付き作品との組み合わせで問題の有無を確認した訳ではありませんが、少なくとも複数の日本語字幕付き Interop DCP と複数の上映システムとの組み合わせで、不適切な字幕表示のまま上映されている状況を目にしました。

かつて Interop DCP で日本語字幕表示の問題が収束したと思われたのは、当時は字幕表示を行う実装が実質二種類しか存在せず、日本語表示に関する多くの不具合は後発の実装の調整と字幕制作側の工夫により一時的に解決されていたに過ぎなかったということが一部関係者の間で明白になってきました。

そして今日、字幕レンダリング機能の実装が氾濫する中、Interop DCP の字幕表示の問題は捕捉できないレベルで広範囲に氾濫していると考えられます。

この状況はかつて数多くのウェブブラウザが氾濫していた頃(2000年前後でしょうか)のウェブ表示の様子にも似ています。現在では大半のウェブブラウザで Chromium ベースの実装が採用され、各社ブラウザ毎の表示のばらつきが気にならなくなりましたが、デジタルシネマの字幕表示においてはそのようなリファレンスとなる実装が存在しないまま、混沌とした状況が続いているという訳です。

日本語字幕表示の問題と SMPTE DCP 移行との関連性

ここまでの話の中で SMPTE 字幕の特殊性が関連している問題はあったでしょうか?

Interop 字幕と SMPTE 字幕の本質的な違いは DCP 内でのファイルの保存形式だけであって、字幕表示を行う段階では両者の間に本質的な違いはありません。

すなわち、各社各様の実装で型式の異なる上映システムが氾濫する中、SMPTE DCP でしか発生しないと信じられている日本語字幕表示の問題は、まさに Interop DCP でも発生しているという認識を持つ必要があるということです。

Interop DCP では日本語字幕問題は起きないと漠然と信じられている理由

何故 Interop DCP では日本語字幕の問題が起きないと信じられているのか、制作から上映に至るプロセスの中で、起き得る状況を列挙してみたいと思います。

・制作過程

制作会社毎に使用される機材や環境は限定されており、新しく市場に出回っているすべての上映機材での上映品質を個別に確認することは現実的に不可能です。そして、劇場毎に異なる上映環境で起きうる問題に気付かれないまま、そのまま配給されてしまうことになります。

・劇場上映時

劇場や作品によっては、上映作品全編にわたり特に字幕表示に注目した確認が行われないまま上映されます。

映画館でも問題が起きるとは思っていないので、途中で主映像が乱れたり、上映が停止したりすることがなければ、字幕の細かい問題には気付かずに上映されます。

新しい機種の上映システムが導入された場合でも、新製品に限って問題が発生することになったとは思わず、本編の中で細かい箇所に問題が起きていても気付かれないまま上映されることになります。

・観客鑑賞時

観客も本編上映中、高々数ヶ所程度字幕の表示がおかしくなっていても、気付かない、気付いても上映終了後には忘れている、覚えていてもわざわざ報告しない、報告しても劇場側が然るべき対応を取ってくれない、など様々な状況が考えられます。

こうした状況が絡み合うことで、結果的に日本語字幕表示の問題が広く認識されることなく、Interop DCP では日本語字幕問題は起きないと漠然と信じられる状況になっていると推察されます。

そもそも背景にある状況として、

  • フィルムシネマの日本語字幕へのこだわりを知らない人口が増えている?
  • 字幕付き外国語作品を映画館で楽しむ人口が減っている?

という状況も無関係とは言えないかも知れません。

劇場上映に対する関心の低下

フィルムシネマ全盛期には字幕表現も映画芸術の一部だと考えられていた時期がありました。そこでは日本語独特の縦書き、ルビ付き、拗音、促音、傍点、長音記号、斜体、縦書き中の横書きなど、諸外国人の目にはおよそ意味不明なこだわりの表現方法があり、日本独自の映画芸術表現の一部と考えられていました。

しかし、シネマ上映のデジタル化が進むのと並行して、家庭で高品質デジタル映像を手軽に楽しむことのできる環境も広がり、シネマ上映にこだわらない世代が増えてきたという背景があることは否定できないでしょう。

これは必ずしも世代で分かれるとも言い切れません。実際、シネマ愛好家を40年以上にわたり自認してきた私自身、昨今のシネマ環境の変化を目の当たりにして、映画館でのシネマ観賞にこだわる気持ちは低下してきたことは否定できません。

その理由を自分なりに分析してみると、

  • 昔と比べると家庭用デジタル映像機器の進化が凄まじく、映画館での体験と比較して見劣りしない点が多くなってきた。
  • 映画館での上映品質が本来実現できる筈の品質に達しておらずガッカリさせられる頻度が増えてきた。
  • 人混みで映画を観ることと映画に対する没入感が相反するように感じられるようになってきた。
  • 映画館よりも自由度が高く、豊富な作品の観賞機会が増えた。

などの理由が思い浮かびます。

字幕表示不具合が解決されない根本的な問題点

DCI 認証試験での字幕表示機能確認項目の不備

DCI の認証を受けるためには、上映機器として求められるすべての動作性能に関わる認証試験に合格しなければなりません。

今日、DCI に参加するハリウッド系スタジオ配給作品の商業上映を行う際には、すべて DCI 認証試験に合格した機材が使用されることになっています。

DCI 認証試験は、上映操作、映像音声の品質、セキュリティなど多岐に渡り、当然のことながら字幕表示の品質確認も含まれています。

では何故日本語字幕の品質問題が起きるのでしょうか?
答えは簡単です。

DCI の認証試験には、日本語字幕表示に必須と考えられる一連のチェック項目が含まれていないためです。

すなわち、日本語で多用される縦書きでのルビ/拗音/促音/傍点/長音記号/斜体等の表示位置やスタイルなどの確認は含まれておらず、実際 DCI 認証試験に合格した機材の間でもこれらの表示にばらつきが出てしまうことが発覚しています。そしてこの状況は現在でも変わっていません。

リファレンスとなる字幕レンダリング機能の実装がない

先にウェブブラウザの例を挙げましたが、やはりリファレンスとなる字幕レンダリング機能の実装が存在せず、各社各様の実装が広まってしまっている現状は今後の解決に向けた見通しを得ることを難しくしています。

日本語字幕で求められる表示機能を明確に定義できるに越したことはありませんが、正しく動作することが客観的に検証された実装が登場しない限り、今後もこの状況は解決されないでしょう。

本来、DCI 認証試験で動作検証が的確に行われるべきですが、現状の検証プロセスでは必要な日本語字幕表示機能の動作検証は行われていません。

日本語字幕と SMPTE DCP 移行の可否

これまで述べてきた状況から、日本語字幕と SMPTE DCP 移行の可否に関する私自身の見解をまとめます。

  • 日本語字幕の表示不具合は Interop DCP でも発生しており、SMPTE DCP への移行との技術的な因果関係は認められない。
  • Interop DCP でも日本語字幕の表示不具合が発生する原因は、当初と比べて多数の異なる字幕レンダリング機能の実装が適切な動作検証が行われないまま市場に出回っていることによると考えられる。
  • 挙動の異なる字幕レンダリング機能の実装が野放図に市場に出回っている状況で、具体的な改善プランを持たないまま、Interop DCP から SMPTE DCP への移行を闇雲に進めるのは賢明な対応とは考えられない。
  • デジタルシネマ上映システムの認証試験を取りまとめる DCI には、日本語字幕の特殊性に着目した検証項目を包含したテストプランの取りまとめを強く推奨する。そして、字幕レンダリング機能を実装する各社には、新たな検証項目を満足すべく、既存製品を含めた速やかな対応を期待する。
    この対応による効果が Interop DCP を使用する実際の劇場で十分に確認された後に、SMPTE DCP への移行を進めるべきであると考える。

北米での SMPTE DCP への移行から遅れること10年、デジタルシネマ後進国に甘んじている日本ですが、1日も早くこのガラパゴス化した状況から脱却できることを願っています。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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