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シネマテクノロジー、ゆく年くる年 (2023)

一難去ってまた一難

コロナ禍の収束で一息ついたのもつかの間、ハリウッドを中心とする映画制作の現場では、AI 技術に対する懸念に端を発した大規模なストライキが長引き、予定されていた新作の公開が次々と延期されてしまいました。

そんな中でシネマテクノロジー(上映技術)に関わる課題も散見された一年でした。

上映問題、再び

フィルムに代わる上映フォーマットとして世界中で利用されるようになったDCP。

デジタルシネマの黎明期にはDCPの適合性に関わる多くの不具合が発生していました。

パッケージ制作に関わる不具合、上映機材の設計上の不具合、上映機材固体の動作不具合、配給から上映にわたるオペレーション上の不具合。

無数の問題が発覚しては解決されて今日の劇場上映に繋がってきましたが、そうした事実があったことも知る人が少なくなっているのかも知れません。

実際このところ、昔どこかで聞いたような上映トラブルの話が聞こえてくるようになりました。

・DCPのデコード不良

ある特定の機種の上映機材においてのみ、ある作品のDCPの特定のフレームで映像のデコードが失敗するという話。

当然のことながら上映機材は正式にDCIの認証を受けた機種で、DCPも一般的な制作システムでパッケージされたものです。

十数年前にはよく聞こえてきた話でしたが、久しぶりに耳にしました。

・4K DCP、4K上映システムの増加

今このような問題が露見されるようになった要因として、4K DCPと4K上映システムの普及を見逃すことはできません。

規格上は 2K/4K DCPはいずれも 2K/4K 上映システムとそれぞれ相互に互換性があり、どの組み合わせでも上映できることになっています。

実際、殆どの場合問題なく上映できます。

この動作はDCIの認証試験でも確認されますが、試験用の素材で確認されるだけで、現実に市場に出回る無数の素材で検証される訳ではありません。

元々の上映システムの設計に潜んでいた問題が、異なる制作プロセスで制作された無数のDCPを再生するうちに、運悪く相性の悪いDCPに出会してしまうこともあり得る話です。

そして現実に、ある特定の上映機材で、ある特定のフレームでエラーを起こすという事象が発生してしまった訳です。

・世代交代による歪みか?

この件に関して少し騒ぎが大きくなってしまった原因として見逃せないのは様々な世代交代による影響です。

上映機材の世代交代、技術人材の世代交代が進みつつある昨今、このような問題の原因を迅速に解明し、対策を講じるのは難しくなっていると言わざるを得ません。

初期のデジタルシネマの上映機材の中には生産販売が終了したものも増える一方で、こうした機材の技術詳細を知る人材や問題解明の経験豊富な人材の流出も進んでしまっているという現実があります。

また、DCP制作の現場でも世代交代だけでなく、新規制作会社の参入も増え、かつて培われてきたノウハウも活かされなくなってしまった可能性も拭いきれません。

画角の多様化

上映問題には至っていませんが、こんな話も出てきています。

劇場公開用作品の画角(横/縦アスペクト比)はフィルム時代から殆どの場合、フラット (1.85:1) かスコープ (2.39:1) で制作、配給されてきました。

劇場の上映システムもこれを想定した設計とオペレーションが浸透していました。

しかし、特にここ数年、独自の画角で制作、配給される作品が増えてきました。

その背景には、デジタルシネマの規格上、独自の画角でも技術的にはパッケージが可能で、上映システムでも一見問題なく上映できてしまうという現実があります。

ネットストリーミングとの共用を前提とした新たな制作フローの影響も無視できません。

・スクリーンマスクされないことによる弊害

独自画角で制作された作品は、スクリーンマスクによる画枠の切り抜きができないために画枠外のスクリーンが白く浮く現象を発生させ、主映像の品質を劣化させる要因にもなります。

昨今増えつつあるスクリーンマスクを使用しない劇場では、通常の画角の作品との違いに気付くことはないかも知れませんが、これは主映像の劣化を起こさないという意味ではありません。

シネマ技術には細部に至る技術的な規定や慣習があり、これに沿ったオペレーションをすることにより、上映品質を保ちながら日常的に安定した劇場上映が行われています。

細かな取り決めには多くの場合、合理的な理由があります。

一方、そうした取り決めから逸脱する試みにより、新たな体験を提供できる可能性もあります。

画角の多様性も作品を芸術的に特徴付ける一要素であり、制作者の意図は尊重されるべきだとは思います。

しかし、そのことにより上映品質の劣化やオペレーション上の不具合が起きる可能性が膨らむことも認識しておかなければなりません。

このような新たな慣習が一般化するのも人材の世代交代が関連しているのかも知れません。

関連情報:デジタルシネマ 名前付け規則 / 付録7: 画面アスペクト比 (日本語訳)

技術規格・登録情報の更新

・DCPの名前付け規則
〜没入型音響の音声トラックの略号IABの採用〜

昨年末にそろそろ出てきそうと予告していましたが、ついにATMOS版のDCPの属性名として、IABを使用したDCPが配給されたようです。

IABが使用されたのは世界的に公開されたあるメジャー作品で、日本を含む配給されたすべての地域に対してIABを使用したDCPが配給されたようです。

これに対して劇場でのトラブルの報告はなく、滞りなく上映できたようなので、今後IABを使用した配給作品が増えてくるかも知れません。

新たな規格を普及させるには時間と根気が必要なことを実感させられます。

関連情報:デジタルシネマ 名前付け規則 /
付録4: 音声チャンネル形式と音声ガイドの言語 (日本語訳)

〜日本の事業者からの名前登録が少しずつ進む〜

日本の事業者によるスタジオとDCP制作設備の登録がなかなか進まないことを心配していましたが、この一年少し積極的な登録申請がありました。

とはいえ、まだまだ極一部の事業者に限られているようなので、2024年は更に積極的な申請があることを期待しています。

関連情報:デジタルシネマ 名前付け規則 /
付録5: スタジオコード付録6: DCP 制作設備 (日本語訳)

・高輝度高コントラスト上映および直視型上映システムの認証開始 〜 デジタルシネマ適合性テストプラン CTP 1.4b 発効

HDR対応上映システム及び直視型上映システムの認証に対応した CTP 1.4b が12月2日に発効しました。

8月に公開された CTP 1.4 からの微修正なので、直ちに発効します。

これ以降にテストが開始される上映システムはすべてこの規格に則りテストが行われることになります。

HDR対応または直視型の上映システムの導入を検討している劇場では特に注意が必要です。

関連記事:デジタルシネマ適合性テストプラン CTP 1.4 / デジタルシネマシステム仕様 DCSS 1.4.3 公開

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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