日本でもプレミアムスクリーンの選択肢が出てきましたので、その両雄として挙げられる IMAX とドルビーシネマを比較してみましょう。
目次
IMAX
IMAX について語る際には少しその歴史を振り返る必要があるでしょう。
フィルム IMAX
『IMAX』 というブランドの歴史はフィルム上映時代にさかのぼります。35mm フィルム(画像領域 21.95mm×18.6mm)による映画上映が一般的だった 1970 年代に、画像領域 70mm×48.5mm という大判フィルムを使用して、視野を殆ど覆いつくす程の巨大スクリーンに、圧倒的な臨場感の映像を一台のプロジェクターで映し出すことに成功し、博物館などに大自然パノラマ映像を提供し話題になりました。
巨大スクリーンの上映方式としては、複数のプロジェクターで映像を映し出す『シネラマ方式』が当時既に商業映画の興行に使用されており、日本にも数カ所導入されていました。この方式は今から振り返っても、現在のデジタルシネマとは比べ物にならないくらい圧倒的な映像体験を与えてくれるものでした。しかし、制作、上映ともに大掛かりなシステムと作業が必要だったため、商業映画の興行を継続することが難しく、上映館が爆発的に増えることなく消え去ってしまいました。
このような背景の中で、シネラマ方式と比べると幾分洗練された上映システムであった IMAX も、商業映画の上映館に広く普及することはありませんでしたが、フィルム IMAX の誕生から時を隔てること30年以上、デジタルシネマの登場でこのような状況が一転することになりました。
デジタル IMAX – “Digital IMAX”
普及がはじまったばかりのデジタルシネマシステムに独自の改良を加えて、フィルムの IMAX とはまったく異なる品質の『デジタル IMAX』を作り出しました。一般的なデジタルシネマよりも高輝度、高解像度、大スクリーンの上映をアピールすることで、2008年頃から急速に人気を拡大することに成功しました。
フィルム IMAX と比べると制作、上映とも手軽にできるようになったのは良かったのですが、フィルム IMAX の圧倒的な体験を記憶している身としては、デジタル IMAX の映像はその品質において子供騙しの安っぽいものになってしまったことは決して無視できるものではなく、甚だ残念でなりません。
一般的にデジタル技術は生活のいろいろな場面を一変させてくれますが、必ずしも洗練されたアナログ技術の品質・性能を凌駕するとは限りません。デジタル IMAX もその一例だといって良いでしょう。
現在、日本で広く普及している IMAX はこの世代のシステムですが、レーザープロジェクターの登場により、また新たな展開がありました。
レーザー IMAX – “IMAX with Laser”
4K 解像度のレーザープロジェクターを使用して開発されたのが『レーザー IMAX』です。
4K 解像度の RGB レーザープロジェクター 2 台で構成されるレーザー IMAX による映像は、現行のデジタル IMAX と比べると繊細な映像表現か可能になっていますが、それでもかつてのフィルム IMAX を超える映像を実現しているとはいえません。
加えてこのシステムは日本にはまだ数館しか導入されておらず、この最新システムによる上映を体験する機会はなかなか得られない状況です。
独自規格に対する苦言
新技術の登場に伴い新しい製品を作ってくれること自体は利用者にとって大変嬉しいことですが、『IMAX』というブランド名の下にまったく異なる品質の製品が利用者に明快な説明もなく乱立するのはとても不親切という印象を受けます。利用者がどんな品質に対して追加料金を払っているのかがもう少し分かりやすくなるような宣伝、広告、説明を期待したいものです。
ここで紹介した3種類の IMAX の総合的な品質をランク付けすると、『フィルムIMAX』>>『レーザーIMAX』>『デジタルIMAX』ということになります。
ドルビーシネマ
Dolby Atmos
一方のドルビーは、デジタルシネマの時代に入ってもしばらくは映像による差別化には手を出さず、ドルビー本来のお家芸とも言える独自音響システムの構築を先行させました。これが Dolby Atmos ですが、2012年頃から特殊音響システムを取り入れたプレミアムスクリーンに導入がはじまり、日本でも既に全国各地で体験できるようになりました。
Dolby Vision
その後、RGB レーザープロジェクターの出現に合わせて、通常のデジタルシネマシステムやデジタル IMAX とは一線を画し、高輝度、高解像度、高コントラスト、広色域を有する新次元の映写システムを Dolby Vision として作り上げました。
これを Dolby Atmos と組み合わせて、Dolby Cinema という名の下に、新しいプレミアムスクリーンのブランドを作りました。現状唯一の本格的 HDR シネマシステムのブランドとして、2015年頃から米国を皮切りに少しずつ導入館を増やし、現在全世界で数百館、そして今月日本にも最初の一館に導入されました。
Ultra HD Blu-ray との違い
Dolby Vision といえば家庭用の Blu-ray にもこのフォーマットをサポートする作品が現れてきましたが、映画館用と家庭用では制作時のプロセスはそれぞれに定式化され、最終的なパッケージに記録されているフォーマットも異なっており、また家庭用では再生時の機器、環境もまったく異なるため、ドルビーシネマでの体験とはまったく別物と考えるべきです。
デジタル IMAX とドルビーシネマの比較表
以上を踏まえて両者の様子を比較表の形にまとめてみました。
レーザー IMAX とデジタル IMAX は一般の劇場利用者にとって区別しにくいので、上位方式のレーザー IMAX ではなく、普及タイプのデジタル IMAX との比較としました。
観客として利用する際、また劇場に導入を検討する際、ブランドロゴの格好良さだけでなく、上映体験にどんな違いがあるのかを理解し、追加料金を支払う際の参考になればと思います。
デジタル IMAX | ドルビーシネマ | 通常(DCI 規格)のデジタルシネマ | |
解像度 | 拡張 2K(2台の2K投影を独自処理でずらして重ねることで実効的な解像度を高めている) | 4K または 2K(作品の制作次第) | 2K (一部システム/作品では 4K) |
視界カバー度 | ◎(床から天井まで、左右の壁から壁まで) | ○(IMAX をひと回り小さくした程度) | △(家庭でのテレビ程度) |
単位視野角当たりの解像度 | △(2K画像を視野一杯に拡大するので画素のギザギザが見えることもある) | ○(4K画像の場合は◎) | ○(4K画像の場合は◎) |
最高輝度 (2D上映時) | 22 FtL(通常上映の約1.5倍) | 31 FtL(通常上映の約2.2倍) | 14 FtL |
コントラスト | 2500:1 以下 | 1000000:1 (最高輝度に対する黒の深さが特徴)通常作品の上映でも 7500:1 | 2000:1以下 |
光源 | キセノンランプ | 6 波長 RGB レーザー | 各種 |
色域 | DCI P3 | DCI P3 (システムとしては WCG(Rec.2020) にも対応) | DCI P3 |
プロジェクター数 | 2 台 | 基本的に 2 台(2D専用であれば 1 台でも可) | 基本的に 1 台 |
3D 方式 | 左右直角の直線偏光で左右を分離(頭の角度次第でクロストーク発生) | Dolby 3D 方式 (薄膜干渉フィルターによる左右 RGB 6 波長の分離:クロストーク殆どなし) | 各種 |
スクリーン表面加工 | 偏光保存高輝度樹脂加工スクリーン(座席位置やスクリーン位置による輝度ムラあり) | 高輝度樹脂加工スクリーン(座席位置による違いが少ない) | 各種 |
音響 | IMAX 12ch 他各種 | Dolby Atmos | 5.1 / 7.1、他各種 |
DCP | 独自拡張版 Interop DCP(IMAX 独自規格に基づく高輝度/高解像度マスタリング) | SMPTE DCP(Dolby Vision 独自規格に基づくHDRマスタリング) | Interop DCP / SMPTE DCP(デジタルシネマ標準のマスタリング) |
字幕方式 | CineCanvas 方式 または 焼き込み | 焼き込み または SMPTE 方式 | 各種 |
字幕の見え方 | ×××(文字の輪郭がギザギザになって目立つことが頻繁にある / 明るく巨大な文字が映像の階調を損なう) | ××(文字の輪郭がギザギザに見えることが稀にある / 明るく大きな文字が高品位映像の階調を損なう) | ×(文字の輪郭がギザギザに見えることが稀にある / 明るく大きな文字が映像の階調を損なう) |
実際の体験をどう感じるか、視覚と聴覚それぞれが上映体験に及ぼす影響には大きな個人差があり、また上映作品の仕上がり具合いによっても大きく異なりますので、ここでどちらが良いかを判定するのは避けますが、システム性能上明白な違い(優劣)があることは何となくはお分り頂けるでしょうか。
共通の課題:字幕
これまで各所で問題を指摘してきたように、プレミアムスクリーンほど高輝度で巨大な字幕が本編映像に及ぼす悪影響の程度が大きくなります。
IMAX とドルビーシネマに共通するのは、通常のデジタルシネマと比べて高輝度、高コントラスト、高解像度の映像体験を提供する点です。
それとも高輝度、巨大文字の字幕体験を期待して追加料金を支払うという観客がいるのでしょうか?
本来の映像に重ねて描画される字幕には、文字としての可読性を提供することと併せて、極力本来の映像品質を汚さない工夫と努力が期待されますが、今日の日本語字幕を見る限り、そのような工夫や努力は感じられず、折角の高品質な映像体験を台無しにする場面が多いのが残念でなりません。
米国の劇場で字幕のない上映を体験すると、確かにその追加料金に納得できるレベルの品質の高さを感じることができますが、日本国内のプレミアムスクリーンの多くはその価値を満足に提供できていないのが実情といえます。
これは上映システムや配給フォーマットの問題ではなく、字幕制作プロセスを改善することで明日にでも改善できる問題なので、是非とも期待したいところです。