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シネマテクノロジー、ゆく年くる年 (2018)

2018年に起きたシネマ技術を取り巻く記憶に残る出来事を振り返りながら、2019年に予想される出来事を占ってみたいと思います。思い付くまま順不同で列挙してみましょう。

LED シネマディスプレイの登場

2017年から予告されていた Samsung の LED シネマディスプレイがついに今年正式な製品として登場しました。

大型の LED ディスプレイといえば、かねてから街頭ディスプレイで目にするような製品は出回っていましたが、劇場での映画上映の使用に耐えるような品質、機能、性能を備えたものはありませんでした。

Samsung Onyx Cinema LED は現時点で映画館で一般興行を行うために必要な品質、機能、性能を規定する DCI 認証 (CTP1.2) を取得し、まだ試験的ではあるものの、世界各地の映画館で一般興行を行いながら、上映機器として必要な実績を積み重ねてきました。

併せて、画面サイズの異なる二つのモデル(幅約10mと14m)を発売することで、対応可能な劇場サイズも広げました。

さらに昨今話題の音響方式 Immersive Audio の一方式である DTS-X にも対応したことで、来年は劇場上映システムとして、映像、音声を含めた総合的な市場評価が進むことになるでしょう。

一方で LED ディスプレイの本来の特性である HDR 性能を活かした映像制作とブランディングについては、業界内での働き掛けはみられるものの、更なる努力と工夫が必要な段階といえるでしょう。2019年中には、現状唯一の HDR シネマとして先行する Dolby Cinema に対抗できるような、具体的な展開がみられることを期待したいところです。

Samsung に遅れを取っている Sony も、今年後半に入って Samsung と同じ DCI 認証の取得を達成しましたが、まだ市場の動向を探っているのか、一般興行に使用される段階には至っていないようです。

Sony 製 LED シネマディスプレイ (Crystal LED) は Samsung Onyx と比べて画素間隔が狭いのが特徴で、4K 解像度でも幅約 5m で、より小さな画面に高精細の映像を表示したいという劇場に対象が絞られるので、同じ程度の大きさの劇場においては Samsung 製品との競合は避けられるでしょう。

Sony Crystal LED も製品性能としては現状の上映規格をはるかに上回るものを持っているのは事実なので、後はこの性能を活かした映像制作のプロセスを確立し、高品位上映方式のブランドとして、どのように業界内に浸透させられるかに掛かってくるでしょう。

ドルビーシネマ日本上陸

11月に待望の日本(九州)上陸を果たしてくれたドルビーシネマですが、2019年のゴールデンウィーク頃には当初の計画から遅れながらも首都圏(埼玉)への進出が予定されており、その後年内には都心でのオープンも実現する見通しです。

現時点で唯一世界規模で HDR 上映による映画興行が行われているドルビーシネマですが、 これまで随所で指摘してきたように、残念ながら字幕を必要とする日本での上映においては、本来の高品位な HDR の映像体験を楽しむことができるとはいえない状況です。

その要因として、1.ドルビーシネマ対応作品の製作者に日本での上映品質があまり注視されていない、2.日本国内でドルビーシネマの上映品質を管理する体制が整っていない、3.日本国内の観客にとって本来のドルビーシネマの品質がよく理解されていない、などが考えられます。

2019年、首都圏に登場する頃にはこれらの状況が改善されることを願うばかりです。

プレミアムスクリーンの乱立

今年に始まったことではありませんが、所謂プレミアムスクリーンが乱立される状況に、一映画ファンとして懸念を持ち続けています。

臨場感あふれる立体音響を楽しみたい、視界を覆い尽くす大画面の映像を観たい、より高品位な映像音声を楽しみたい、映像音声に合わせて振動や風や水飛沫も体験したい、後ろから蹴られる心配のない大きい座席に座りたい、映画を観ながらゆったり食事を楽しみたい、なんとなくプレミアムな優越感を味わいたい、などなど、プレミアム上映として追加料金のもとに提供される内容には様々なものがあります。

映画館でどのような体験を期待するのか、観客一人ひとりによって様々なので、一概にどの方式、どのブランドが良いか悪いかをランク付けする意図はありませんが、通常スクリーンと比べてどのような付加価値を提供してくれるのか、もう少しわかり易い表示、説明をお願いしたいと感じています。

個々の方式が実際の映画製作者の制作意図 (Artistic Intent) に沿ったものなのかという点についても気になるところでもあり、この辺り機会を改めて解説できればと思います。

Netflixの台頭

日本ではあまり大きく報じられることはありませんが、映画製作会社としての Netflix の躍進はここ数年めざましいものがあります。独自スタジオの設立や業界各社からの人材獲得なども凄まじい勢いで行われてきたようです。

これまで Netflix は自社のネット配信に特化した映画製作を行い、公式には劇場への映画配給に関心を示してきませんでしたが、そんな中でも昨年は中堅劇場チェーンの取得に興味を示すなど、業界内であらゆる可能性を模索しながら動き続けているようです。

ネット配信で競合する Amazon は既にネット配信と劇場配信の両方にまたがってビジネスを展開していますが、両者の力関係や旧来の映画会社との関係も目が離せない状況が続きそうです。

DCP 配信の電子化

デジタルシネマの時代に入り、上映作品の劇場への配送はフィルム缶からハードディスク (HDD) の形に変わりました。日本ではまだこの時代が続いていますが、世界では既に次の段階に進んでいる地域もあります。

最も進んでいるのは北米地域で、既に2010年頃から衛星データ配信のテストが始まり、現在主流は HDD 配送から衛星によるデータ配信に切り替わっており、HDD を配送するのは衛星受信設備のない小規模の劇場や非常時のみという運用になっています。

一方、一部の新興地域では、宅配事情よりも高速インターネットの普及の方が進んでいる地域もあり、そのような地域ではデジタルシネマ化と同時に劇場へのネット配信が導入されるケースも増えているようです。

日本では高速インターネットが先進国の中でも普及している筈ですが、同時に安全安価な宅配環境も整っているため、旧来の HDD 配送のまま変化が進まない様子です。

地球環境への負荷の側面から考えても、物理配送よりも電子配送の方が地球に優しい方法であることは疑う余地はありませんので、是非ともこの方向への動きが進むことを期待しています。

SMPTE DCP への移行

現在日本国内で流通している DCP は一部の特殊上映を除き、Interop DCP というフォーマットでパッケージされています。このフォーマットはデジタルシネマ黎明期の 2005年頃に業界有志によって作られ、3D 対応など機能拡張が行われながら今日まで使われています。

一方、2007年には標準規格である SMPTE DCP というフォーマットが規格化され、米国において直ちに市場導入の検討が始まりましたが、劇場機材の対応など現実とのギャップを埋めるのに年月を要し、実際に商業上映で導入されたのは 2015年のことでした。

その後、北米地域では着実に実績と改良を重ねながら導入作品を増やしており、2017年頃からは欧州一部地域でも導入が進んでいます。

日本市場に対しても導入の検討が行われましたが、日本独自の特殊事情(日本語字幕対応)により、現在のところ導入計画は未定となっています。

上映機材の新規導入や更新を検討する劇場様は、将来の SMPTE DCP への対応保証など、機材メーカーとの十分な確認をとっておくのが安心でしょう。

SMPTE DCP と Interop DCP にまつわる背景については、2019年に改めて記事をまとめたいと思います。

番外:アバター続編

2009年の『アバター』 “Avatar” 公開の後、毎年話題の陰に出ては消える『続編』ですが、残念ながら(?) 2019年も観れないようです。

主な原因は、制作技術にあるのではなく、現状の上映技術が製作者の要求に満たないというところにあるようです。

前作では初の本格的 3D 超大作として話題になりましたが、新技術にこだわりを持つジェームズ・キャメロンの要望により、続編では 3D に加えて『ある技術』を掛け合わせて上映したいということです。しかし残念ながら現状の上映機材ではその要望を満たすことができないので、その上映が可能になるまで公開しないという方針のようです。

現在のところ公開予定は2020年となっています。

幸いその要素技術はあるメーカーによって開発され、製品化は進んでいるようですが、実際に2020年にその機材を導入できる映画館は何スクリーンできるでしょうか?

大半の劇場では、特殊上映対応ではなく、通常の 2D または 3D 上映として上映されることになりそうです。

以上、年の瀬、思いつくままに記しましたが、2019年がより良い『シネマ』体験をできる年になることを願いながら、まとめとさせて頂きます。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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