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IMAX vs. ドルビーシネマ 『TENET』編

コロナ禍の影響で世界的に公開が遅れていたクリストファー・ノーラン監督の新作『テネット』 “TENET”(2020)[IMDb] ですが、今回この作品をIMAXレーザーとドルビーシネマの両方で観賞する機会を得ましたので、そこでの体験をもとに両方式の比較をしてみたいと思います。

注記

上映品質に対する感じ方は、観る人の立場、作る人の立場、一人ひとりの主観によって異なります。

本稿では業界内の関係各所から得た情報に基づきながらも、筆者個人の主観を多々織り交ぜて記述します。

以上を踏まえて、劇場に上映システムを導入する際、または、観客として観に行く劇場を選ぶ際の参考情報としてお読みください。

コロナ禍の煽りを受けて世界中多くの地域で7月の公開予定が9月に延期される中、日本では元々の公開予定が9月だったこともあり、少しだけの遅れで公開されたのは素直によろこびたいと思います。

クリストファー・ノーラン監督と IMAX

『ダークナイト(2008)』[IMDb] 以降、ノーラン監督がIMAXの魅力に心酔している話は有名ですが、本作『テネット』でもIMAXの実力を最大限に活かすべく制作が行われたようです。

ということは、当然IMAXで観賞するのがこの作品を最大限に楽しむ唯一の方法だと考えたくなるかも知れません。

しかし、ここで注意しておきたいのはノーラン監督が心酔しているのは70mmフィルムのIMAXであって、必ずしもその他すべてのIMAXの上映方式(IMAXデジタル、IMAXレーザー、IMAXレーザー/GTテクノロジー)にも同様に心酔している訳ではないという点です。

残念ながら、ノーラン監督が心酔する70mmフィルムのIMAXは世界で数える程しか上映設備がなく、日本国内には70mmフィルムのIMAXの商業上映設備はひとつもありません。

70mmフィルムのIMAXそれ以外の各種デジタル方式のIMAXの品質の違いについてはこれまで『IMAX vs. ドルビーシネマ』、『IMAX vs. ドルビーシネマ 2020』などで述べてきましたが、フィルム方式のIMAXデジタル方式のIMAXでは明白に品質の異なる上映方式であることを思い出す必要があります。

日本ではオリジナルの品質の上映を観賞する術がないという現実を受け止めながらも、できるだけオリジナルの品質に近い上映を楽しむためには、日本国内ではどの方式が望ましいのか、改めて比較してみたいと思います。

『TENET』のマスタリング

今日劇場に配給されるすべての上映作品はDCIが定める映像音声の品質、フォーマットの規格に基づいて制作(マスタリング、パッケージ)されたDCPが使用されています。

一方、IMAXとドルビーシネマの特性を活かした上映を行うためには、それぞれの上映方式の特性を活かすための専用のプロセスで制作されたDCPを使用する必要がありますが、すべての劇場公開作品に対してこの専用DCPが制作されている訳ではないことは注意する必要があります。

今回の『TENET』でも、通常のDCPに加えて、IMAX用とドルビーシネマ用、それぞれのDCPも制作されており、両者の上映品質を比較するための公平な条件を満たしているといえるでしょう。

検証のために訪問した劇場

今回『TENET』を比較観賞するために、首都圏のIMAXレーザーの上映館とドルビーシネマの上映館を訪問しました。

同じ上映方式でも上映館毎の個体差もあるので、あくまでも各方式の一例として評価をします。

一方、特定の上映館の風評に影響を与えかねませんので、映画館の実名は伏せさせて頂きます。

ドルビーシネマ vs. IMAXレーザー:『TENET』編

比較項目ドルビーシネマIMAXレーザー備考
観賞位置劇場中央やや前寄り劇場中央やや前寄り
左右視野角約60°約60°ほぼ視野を覆い尽くす角度
解像度4K拡張4K有意差は感じられず
コントラスト有意差は感じられず
階調有意差は感じられず
レーザースペックル認められず随所で発生
字幕主映像に焼き込み
輪郭に細かいギザギザ
上映時に写し込み
輪郭のギザギザ、色のにじみ
画角(アスペクト比)1:1.901:1.90原版フィルムは1:1.43
音響Dolby AtmosIMAX 12ch好みの問題か?
観賞位置

上映品質は観賞する座席の位置によっても大きく異なります。

今回両者の上映品質を比較するに当たっては、座席の位置による優劣が出ないように、いずれの上映方式も劇場のほぼ中央の座席で、映像の左右の視野角が約60°程度になる位置を選びました。

人間の左右の視野角は180°あると言われるのに対して60°という角度は小さい(狭い)と感じるかも知れませんが、単に何かが見える範囲ではなく、映像として詳細を見渡せる範囲と考えると、60°というのはほぼ視界を覆い尽くす数値だと考えて良いでしょう。

またこの位置では音響も劇場設計上ほぼベストに近い状態の音響を楽しむことができる位置と考えて良いでしょう。

画質

画質の感じ方は色々な要因が影響します。

解像度

IMAXレーザーとドルビーシネマはいずれも4Kプロジェクターを採用しています。IMAXでは2台のプロジェクターの映像を1/2ピクセル分ずらして投影することで実効的に解像度と高めていると謳われていますが、主映像の解像度を見比べても両者の違いを感じることはできませんでした。

フィルム映像の解像度に比べると及びませんが、両者ともこれがデジタルシネマとしての最高解像度だということでしょう。

コントラスト

ドルビーシネマでは 1:1,000,000 という数値が謳われていますが、その凄さを感じられたのは本編上映前のドルビーシネマのプロモーション映像だけで、今回の作品でこの数値の凄さを実感できるシーンはありませんでした。

映画制作において実効的に効果のあるコントラストはどれくらいの数値なのか、改めて考えさせられる結果といえます。

階調

上映方式のスペックであまり注目されない品質ですが、きめ細かいタッチの映像を表現するためには、解像度よりも重要な指標だといえます。

フィルム方式のプロジェクターとの違いが現れやすい点ですが、同じデジタル方式であるIMAXレーザーとドルビーシネマの比較では有意な差は感じられませんでした。

また通常のデジタルシネマの上映方式の映像と比べても、特筆すべき違いは感じられず、フィルム方式のきめの細かい映像には遠く及ばない品質だといわざるを得ません。

レーザースペックル

今回の比較で最も大きな違いが感じられた項目のひとつがこのレーザースペックルでした。

レーザースペックルは、上映システム、スクリーン、映像自体の特性、それぞれの組み合わせで発生する問題です。

これまで、各地で体験したIMAXレーザーでもドルビーシネマでも、気になったこともあり、気にならなかったこともあり、評価が難しい問題でもありました。

レーザースペックルが目につきやすいのは、動きの少ない映像の中でも、特に同系色が平坦で滑らかに広がる部分で、例えば、大きく広がる青空や真っ白に塗られた壁など、本来滑らかに見えるはずのところに、レーザー特有の干渉模様が見えてしまいます。

感じ易さには個人差があり、人によっては気付き難い人もいるようですが、気付いてしまうと視覚的に非常に強い不快感を催すものです。

今回、同じ作品の同じシーンで見比べたところ、ドルビーシネマでは全編を通して殆ど気にならなかったのに対し、IMAXレーザーではいくつもの特徴的なシーンでははっきりと感じられるという結果になりました。

今回の検証では、IMAXレーザーのみでスペックルが認められましたが、RGBレーザーを採用する上映システムで一般的に発生する可能性のある問題なので、運用する劇場としては継続的な注意が必要な課題といえるでしょう。

字幕の輝度

高輝度をアピールする上映システムに共通の課題として字幕の輝度の問題がありますが、今回の作品では、暗闇で台詞のあるシーンがなかった所為か、ドルビーシネマ、IMAX共に目を刺すほどに眩しく感じるシーンはなく、輝度に関しては双方及第点といえるでしょう。

字幕の品質

一方、字幕の品質には問題があるようです。

制作時に本編映像に字幕を焼き込んでいるドルビーシネマではそれ程気になりませんでしたが、上映時に字幕を重ね合わせているIMAXでは文字の輪郭のギザギザがより顕著に現れていただけでなく、白黒の字幕の輪郭に色のにじみが現れており、シーンによっては異様に目についてしまいました。

字幕は読めれば良いという考え方もあるかも知れませんが、高品質に作られた主映像に粗悪な品質の字幕が重ねられると、映像全体の品質が損ねられて、安っぽい印象を与えることになるようです。

画角(アスペクト比)

オリジナルの70mmフィルムは 1:1.43 の画角で制作されており、これに修められた映像を切り落とされることなくすべて観賞するには(国内には存在しない)フィルム方式のIMAXか(国内2ヶ所にしかない)IMAXレーザー/GTテクノロジーを導入した上映館に行く必要があります。

それ以外の上映方式ではすべてある比率で切り落とされた映像を観ることになります。

今回比較したIMAXレーザーとドルビーシネマはいずれも 1:1.90 の画角に調整されていました。

通常方式での上映では 1:2.20 まで横長に切り取られていることを考えると、IMAXもドルビーも少しはオリジナルの画角に近い映像を楽しめるといえます。

音響

音響に関しては、仕様上、IMAX 12chよりもドルビーシネマのDolby Atmosの方が細かな音源の空間表現力は高いといえますが、両者の違いに関しては観賞する人の好みの問題としかいえないのかも知れません。

実際に両者の音響を聴き比べると明らかな違いはありますが、優劣を付けられる類の違いというよりも、音場作りのテイストの違いといった方が良いかも知れません。

とはいえ、どちらも通常上映館の音響よりはリッチな音響を楽しむことができそうなので、いずれかの上映方式を選ぶ価値はあるかも知れません。

IMAXレーザー vs. ドルビーシネマ、今回の評価

クリストファー・ノーラン監督がお墨付きを与えているフィルム方式のIMAXで制作された『TENET』ですが、今回評価を行った上映設備ではIMAXレーザーとドルビーシネマの間に意外にも明確な優劣が現れる結果となりました。

上映品質を比較する上で、今回決定的な違いが出てしまったのがレーザースペックルでした。

また、主映像を汚す要因として粗悪な品質の字幕が重ねられていたのもいただけません。

この二点を決定的な要因として今回の評価ではドルビーシネマに軍配を上げざるを得ません。

但し、上映設備の状態次第で異なる評価になる可能性もあることを注記しておきたいと思います。

また、作品の特性(画作り、音作り)との相性もあるので、作品毎に異なる評価になる可能性があることも記憶しておくべきでしょう。

今後も異なる作品で両者を比較する機会があれば、また改めて評価したいと思います。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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