各発光素子の材料系など細かな情報は公開されていませんが、すべて半導体LEDを使用しているため、表示可能な色域は両社とも概ね同じであると推測されます。特に半導体LEDの弱点である緑の発色については共通の特徴として留意しておくべきです。すなわち、このところ次世代の映画フォーマットの基準として関心を集めている広色域化の要求を満たすのは困難なデバイスであることは記憶しておくべきでしょう。この点については業界関係者の間でも概ね認識されていますが、これ以外の魅力も多いデバイスでもあり、現時点でこれを問題視する声もあまり上がらないというのが現状のようです。
発光画素
発光素子として半導体LEDを使っていても、発光画素の形態には両者の間に大きな違いがあります。
Samsung
表面から見た個々の発光画素は正方形かそれに近い矩形の突起となっており、散光板(diffuser)のような材質の表面から均質に光が出力されるように見えます。RGBそれぞれの発光素子を目視することはできませんが、表面の散光板のお陰か、出力される光は綺麗に混ざり合って見えます。画面すれすれの角度から見ると若干色のズレが認められますが、そのような角度から映画を観ることはないので、実用上は問題ないでしょう。
個々の発光画素はつや消しの黒の素材の基板上に配列されているのと、発光素子の表面は散光板状の素材で作られているため、周囲からの光が反射することはなく、また乱反射も極めて低レベルに抑えられているのが分かります。通常の映画のスクリーンも外光の反射はありませんが、スクリーンに当たる光は効率的に乱反射するように作られているので、劇場内の無駄な光も散乱させ、黒のレベルを引き上げる要因になっています。その点において、SamsungのLEDディスプレイはこの問題を意識できないレベルまで低減できていると感じられます。
Sony
表面が透明なガラスで覆われた下に黒色の基板がありそこに発光画素が配列されていますが、電源オフの状態では一見何もないガラス板にしか見えません。じっくり目を凝らしてみると点状の素子が配列されているのが分かりますが、肉眼ではRGBそれぞれの発光素子を区別するのは不可能で、実際に発光させてみても「点」光源から画素毎の色の光が出力されており、RGBの三原色で色が作られていることを肉眼で確認することはできません。見る角度による色のズレも感じられません。
発光した時の色の鮮明さは極めて高く感じられますが、表面が透明なガラスで覆われているため、低反射コーティングが施されているとはいえ、見る状況、周囲の光の状況によっては反射光が気になることもあります。可能性は低そうですが、映画館のような暗い環境でも、条件次第で画面のLED光で照らされた客席からの照り返しが再度画面で反射して見えてしまうことはないのか確認したいところです。
コントラスト、ダイナミックレンジ
プロジェクション(投射)方式では、小さな画像素子から反射された光を、多くの光学素子を複雑に組み合わせた光学系を通して遠方のスクリーンに投射、結像させなければならないため、画像素子で作られた筈の高品質の画像がスクリーンに映し出されるまでに様々な形で「なまって」しまいます。
LED方式では画素一つ一つの出力を直接デジタル制御して、DCPの中に作り込まれた画像データがそのまま実際の画像として表示されるので、原理的には制作時に意図された微妙な濃淡や明暗を極限まで忠実に再現することが可能です。
解像度と画面サイズ
画面解像度は縦横に配列された発光画素の数で表されます。
プロジェクターからの投射映像のようにレンズでズームすることはできないので、作り込まれた画面の大きさとその表面に配置された発光画素の数で、解像度と表示可能な画面の大きさが固定値として決まってしまいます。この点が、LEDディスプレイを劇場で使用する際に、最大の制約となってしまうと言っても良いでしょう。
発光画素は精密な半導体素子により構成されているため、現在の製造技術では素子の間隔を自由に拡大縮小するのは難しく、製造メーカーとしてもいくつもの異なるサイズで製造するのは採算性を考えると非現実的だといえます。
LEDディスプレイの商品性として、現行のプロジェクター投射の劇場をすべて置き換えることを目指すのか、それともプレミアムスクリーンに限定した置き換えを目指すのか、さらにその場合、どのような大きさのスクリーンを対象にするのか、これらを冷静に分析して商品戦略を立てることが重要だといえます。
音響
現在普及している映画館の音響方式の代表的なものとして5.1または7.1チャンネルサランド方式がありますが、家庭用で一般的な(2チャンネル)ステレオ方式とは異なり、劇場内の周囲から包み込むように独立したチャンネルが配置されています。ステレオ方式との大きな違いのひとつに正面中央に配置されたチャンネルがあります。現在通常の映画館ではスクリーンの正面方向から音を出すために、布製のスクリーン全面に細かい穴が開けられており、スクリーンの背後に設置されたスピーカーからの音が客席に向かって出るようになっています。
LEDディスプレイを採用した場合、現状ディスプレイ前面から音を出力することができず、スクリーンと同様の方式で音を出すことができません。このことはLEDディスプレイの共通の課題として認識されています。
Samsung
LEDディスプレイ本体前面から音を出すことができないので、擬似的に前面から音が出ているように感じさせる仕組みを劇場音響メーカーと共同で開発しています。その仕組みを簡単に説明すると、ディスプレイ上端に客席に向けた反響板を設置し、ディスプレイとは別に設置された音源から出る音を反響させて、間接的に客席に響かせるようにしています。この方法は苦肉の策としては、ある程度の効果はあるようですが、劇場内の座席の位置や聴く人の感じ方次第では、さらなる改善が求められるレベルだといわざるを得ないでしょう。実際、私が着席したのは劇場内の中央部の座席でしたが、前面からの音声は明らかに上方から出ているのが感じられ、シーンによっては違和感を感じることもありました。一方、劇場後方の座席では恐らくこのような影響は軽減されると思われますが、通常プレミアム席が設置される中央部で制約が出てしまうのは残念なところです。
Sony
LEDディスプレイ前面から音を出すことができないのはSamsungと同じで、まだ実際の劇場への導入も未計画の現時点では明確な対策は打ち出されていません。ただ家庭用のOLEDテレビではディスプレイ前面から音を出す製品も出されているので、画面全面がガラスで覆われているという構造を活かして、このような技術との組み合わせによりこの問題を解決するような製品が出てくることを期待したいところです。