カテゴリー
コラム 上級 中級 事業者向け 愛好家向け

新旧『アバター』で比べる上映技術の変化

前作から13年の年月を経て公開された『アバター』の続編を、上映技術の観点から前作と比較してどのような変化があったのかを振り返ってみます。

配給パッケージ(DCP)バリエーションの激増

前作が公開された2009年の時点では配給地域毎のバリエーションを除けば、大きく分けて2K/2D/24fps版と2K/3D/24fps版の二種類でした。とはいえ実際には、各種3D上映方式に対応するバリエーションやIMAXのような特殊スクリーンに対応するバリエーションなど、当時としてはかつてないDCPバリエーションの激増に各所から悲鳴が聞こえてくるような状況でした。

13年の時を隔てた今日、基本的な3D上映方式に対するバリエーションは幾分整理された一方で、4K上映機器の普及や、48fpsハイフレームレート(HFR)上映への対応も進み、高輝度上映方式や没入型音響方式など特殊スクリーンのバリエーションも増え、しかもこれらが単純な掛け算にならずに複雑化する状況で、気の遠くなる組み合わせに対応しなければならなくなりました。

そして最も懸念されるのは、制作、配給、上映の現場での混乱以上に、劇場(上映方式)を選ぶ観客にとってさらに大きな混乱を招く状況になっていることです。

『アバター』2009年版

2K/2D/24fps上映と2K/3D/24fps上映

当時既に何種類もの3D上映方式の普及が進んでおり、映像特性に違いがあったとはいえ、それぞれの上映方式の中で解像度や明るさに大きな違いはなく、殆どの観客にとっては2D上映を選ぶか3D上映を選ぶか、加えて通常スクリーンを選ぶかIMAXを選ぶかという選択だけでした。

当時の3D上映システムの問題点として認識されていたのは、通常の2D上映の1/3〜1/2程度の明るさでしか上映できないという点で、3D上映が疎まれる理由のひとつになっていました。

一方、当時4K(2D)上映システムも普及していましたが、4K映像の精細感には認識が広まっておらず、4K版は配給されませんでした。映像本来の品質よりも、3D上映の擬似立体視の方が興行的に話題を集めやすかったということかも知れません。

結果として、一般的な観客にとっては、安価に明るい2D上映を選ぶか、暗いけれども立体視体験ができる高価な3D上映を選ぶか、という選択しかありませんでした。

ハイフレームレート上映の登場

その後、新たな映像体験を提供する技術として登場したのが通常のフレームレート(24fps)の倍(48fps)、若しくはそれ以上の高速で画像が更新されるハイフレーム上映です。

2012年にはピーター・ジャクソン監督の『ホビット』3部作がハイフレームレート3D(2K/3D/48fps)版でも公開されました。

2016年にはアン・リー監督の『ビリー・リンの永遠の一日』が4K/3D/120fpsという驚異的なスペックで制作されましたが、このフォーマットで上映可能な劇場が殆ど存在せず、一般には通常フォーマットのみの公開となりました。

その後2019年には同監督の『ジェミニマン』が再度4K/3D/120fpsで制作され、この時は当時一般的な上映システムで上映可能なギリギリの2K/3D/60fps版が一部の劇場で公開されました。(関連記事:『ジェミニマン』のハイフレームレート上映

4K/3D/120fpsというスペックで上映できる設備は今日でも普及していませんが、4K/3D/48fpsで上映できる設備が既に世界で数百館、国内でも8館まで増えてきました。この状況が、新作『アバター』の現実的な公開フォーマットの決定にも影響したようです。

『アバター:ジェームズ・キャメロン 3Dリマスター』2022年版

2D上映と3D上映、2K上映と4K上映、24fps上映と48fps上映、通常輝度上映と高輝度上映

内容的には2009年版と同じ作品ですが、解像度、明るさ、コントラスト、フレームレートなど、それぞれの面で上位方式の上映システムに対応するために甚大な作業量の加工、マスタリングが行われて再公開されました。

しかし、殆どの劇場でスクリーン毎の上映方式の違いについて十分な説明がなされないまま、一般的な観客にとってどの劇場のどの上映方式を選ぶべきか、適切な判断を下すことが極めて難しい状況になってしまいました。

そして、一番高いチケットを買っても、必ずしも最高スペックの上映を選ぶことができないという残念な結果になってしまった訳です。(関連記事:『アバター:ジェームズ・キャメロン 3Dリマスター』公開と混乱

ハイフレームレート48fps版の制作:通常フレームレート24fps版からのアップコンバート

今回行われたリマスター処理の中で最も手間が掛かるプロセスが通常フレームレート24fpsからハイフレームレート48fpsへのアップコンバートです。

  • 48fps化が行われたのは一部のシーンのみでした。すべてのシーンを48fps化すると、映画特有の映像の質感が失われてしまうため、パノラミックな空中シーンや動きの激しい戦闘シーンなど特定のシーンに対してのみ行われました。ハイフレームレートは特殊視覚効果のひとつと考えることができるでしょう。
  • 24fps映像から48fps映像への変換は、前後フレームを含む画像解析から動きを考慮して画像を前後に分離、調整するという気の遠くなる作業が行われたようです。
  • 現行の上映システムでは上映途中でフレームレートを変更できないこともあり、上映用パッケージ(DCP)では一定のフレームレート48fpsでパッケージするという方法が取られました。24fpsのシーンでは、48fpsのパッケージの中で同じフレーム画像を二度繰り返すことで、実効的に24fpsのシーンが作られました。
  • フレームレートの変化点では突然24fps<->48fpsに切り替えるのではなく、前後のフレームとの混ざり具合を調整しながらフレームレートが徐々に切り替わるように作られました。これにより、変化点で動きの違和感を感じにくいようにしました。

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』2022年版

上映方式のバリエーションは『アバター』2022年リマスター版と基本的に同じですが、制作段階からこれを想定した上位フォーマット(4K/3D/48fps/HDR)で撮影、加工、編集などが行われたので、『アバター』2022年リマスター版と比べても、その上映品質は格段に向上しました。

最上位フォーマットである4K/48fps/HDR版を上映できるのは国内ではドルビーシネマのみとなります。

IMAXにはいくつものタイプがありますが4K/48fps/HDRすべてを同時に満たしたフォーマットで上映するシステムは存在していませんので注意が必要です。

24fpsシーンと48fpsシーンの使い分けと切り替えは、『アバター』2022年リマスター版と同様に、効果的かつ自然に行われており、没入感を高める効果が存分に発揮されていたと感じられました。

4KHDR映像の質感、精細感も秀逸で、全黒になるカットも何度かありましたが、そこに明るい字幕が出ることもなく、安心して漆黒の瞬間を感じることができました。

日本語字幕のギザギザや明るさも辛うじて許容できる出来でしたが、制作時に綺麗なフォントで焼き込まれたエイリアンの言葉の英語字幕と比べると、そこに並べられた日本語字幕の安っぽい品質には些か興醒めさせられたのが残念でした。

一方、さらに残念だったのはこれまで繰り返し指摘してきた3Dの問題です。(関連記事:ドルビーシネマ、2D で観るか、3D で観るか?)残念ながらまったく改善されないどころか、基本を無視して劣化した点も確認できました。

3D版最上位フォーマットによる上映を観賞した上で注記しておきたいこと

チケット価格を基準にすると、一応 4K/3D/48fps/HDR による上映が今回最上位の上映フォーマットと位置付けられますが、3D にしたことで本来の 4K/48fps/HDR の映像品質が損ねられてしまっていることを指摘しておきます。

3D映像の近景構図の失敗

3D映像を制作する際に最も注意すべき点のひとつが近景の構図です。

3D映像で不用意に近景を配置すると、至近距離に目障りな障害物がチラチラと視界に入り、無駄な不快感を観客に与えることになります。

全く同じ構図でも2D映像であれば単なる障害物が映り込んだように見えるだけで、視覚的に不快感を及ぼすような影響が出ることは通常ありません。

3Dのホラー作品などでは演出上意図的に生理的な不快感を与えるためにそのような構図にすることもあるようですが、少なくとも今回の作品では、単なる障害物としか思えない物体が画面周辺部の至近距離に現れる構図がかなりの頻度で出現するのを無視することができませんでした。

この問題は3D上映が普及し始めた直後から、3D映像制作の初歩的な注意事項のひとつとして指摘されていましたが、今回これだけの超大作の制作過程でこの認識が抜け落ちたまま、技術的に稚拙な3D映像の構図が修正もされずに公開されてしまったのは残念でなりません。

3Dメガネの内側照り返しによる映像品質の劣化

これまでにも指摘してきた原理的な問題ですが、当然のことながら今回も発生していました。(関連記事:ドルビーシネマ、2D で観るか、3D で観るか?

この問題が最も分かりやすいのは本編が始まる前のドルビーシネマの紹介映像です。ドルビーシネマの漆黒の黒をアピールするシーンがありますが、2D版では確かに漆黒の背景に眩いばかりの “◯”(白い丸)が現れるのに対し、3Dメガネを掛けて同じシーンを見ると漆黒ではなく視界全体に白いモヤがかかって見えます。

この効果は本編映像でも見ている訳で、その影響はHDR効果の大きい高コントラストのシーンほど顕著に現れてしまいます。

実際、本編映像でも数え切れない程、決してHDRとはいえない粗悪なシーンが見られたのが極めて残念でした。

これはドルビーシネマ固有の問題ではなく、3Dメガネを使用しなければならないすべての3D上映方式に共通する問題と認識すべきものです。

3D上映の映像品質は誰が保証しているか?

今日一般的な映画館で使用されている上映システムとしては、基本的にすべて、ハリウッド5大スタジオにより組織される DCI が規定する品質基準を満たした上映システムが導入されています。

この品質基準を認証するテスト(CTP)には 2D 映像(2Kと4K)の上映品質を検証する項目はありますが、3D 映像の上映品質を検証する項目は一切ありません。

多くのスタジオが3D作品を配給しているにも関わらず、敢えて3D上映の評価基準を定めていないということは、今日の3D上映システムの映像に対する客観的な品質基準を作ることの難しさを意味します。

関連情報(オリジナル英語資料)
本来の最上位フォーマット(4K/2D/48fps/HDR版)による上映を期待

2D版と3D版が配給された場合、3D版の方が同じ上映時間で高額なチケットを販売できるので、興行者が3D上映を選びたくなるのは理解できます。

本当に映像品質にこだわるのであれば、今回の作品では4K/2D/48fps/HDR版を選択すべきですが、残念ながら今の所この条件で本作品を観賞する機会は国内にはなさそうです。

それでも本当に映像の品質を理解する興行者が、“3Dアトラクション”ではなく、本来の最高品質の映像で上映する機会を提供してくれることを期待しています。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です