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シネマテクノロジー、ゆく年くる年 (2021)

続くコロナ禍

この一年は延期されていた新作も順次公開され、それぞれに感染対策を施しながら劇場の営業が回復してきた一方で、ネットストリーミングとの棲み分けにおいて明らかな力関係の変化があるようです。

従来、劇場映画は他のメディアでの公開に先駆けて独占的に劇場公開する期間が設けられてきましたが、多くの作品でストリーミングとの同時公開が行われるようになりました。

一般的に家庭における上映素材、上映機器、上映環境では、適切にマスタリングされた作品適切に管理された劇場で上映する場合と同等の品質を得ることは困難であり、この違いが劇場で映画を観賞することの優位点のひとつでもあります。

それでも家庭での映画鑑賞の手軽さにより、市場全体の比重がストリーミングに偏っていく傾向は今後も続くことが予想されます。

数多くの程々に良質の作品をストリーミングで手軽に楽しめるようになってくれば、市場規模が膨らむことで劇場にもプラスの影響をもたらすだろうという楽観的な見方もありますが、上映作品の適切なマスタリング上映設備の適切な管理が劇場映画の価値を維持するためにより重要な鍵となるかも知れません。

業界内の活動

トレードショー

2020年は主要トレードショーは軒並み中止またはオンライン開催となりました。2021年も同様の対応を予想しましたが、CinemaCon は開催時期を4ヶ月遅らせて真夏のラスベガスで開催されました。しかし、出展社数は伸び悩み、参加者数もほぼ国内からの参加者だけで、コロナ禍前の 1/3 程度に留まり、かなり淋しいイベントとなってしまったようです。2022年は例年通りの4月に予定されていますが、コロナ禍前の活況を取り戻せるでしょうか?

技術会合

ハリウッド周辺を中心とする業界関係者で運営される技術会合はこの2年間ほぼ完全にリモート会合で開催されてきました。遠方からの参加者としては旅費が0で済んだ一方で、時差による負担が極めて大きかった2年間でした。活動内容自体も業界全体の動きが鈍っているのにあわせてかなりスローダウンしている印象です。そんな中で議題に上がっている内容を掻い摘んで列挙してみます。

技術規格・登録情報の更新

DCPの名前付け規則

内容的に特に変更はありませんが、制作設備コードとスタジオコードは随時データの追加変更が行われています。また、言語コードも稀に追加されています。

このような変更に自動的に対応できるように、本家 ISDCF の英語のページ、そしてこちらシネマテクノロジーの日本語訳のページでは、オリジナルの登録データから動的にページ生成が行われています。

制作設備としては先進国に限らず、新興国からも随時登録されており、登録総数は 1000 を超えています。残念なことに日本国内の制作設備としては数社しか登録されておらず、お隣韓国や中国からの登録数に遠く及ばないという状況です。国際的な公開作品を多数輩出している両国の勢いを裏付けるものとも言えそうです。

一方、スタジオは全世界から300を超える数が登録されていますが、こちらも残念なことに日本からは一社も登録されていません。

シネマ技術に対する各社のコンプライアンス姿勢を示すことにもなりますので、是非とも登録の上、ご利用をご検討頂きたいと思います。

ISDCF のページではページ構成とレイアウトの改訂が行われましたが、内容的に大きな変更はないため、こちら日本語訳のページは当面従来のままのページ構成で提供します。安心して従来のリンクをご利用ください。

ATMOS 版の DCP に関して、その略号を標準規格に基づく IAB に変更するという予定が長らく伝えられていますが、運用上、現場対応に混乱が生じることがあり、まだ本格的な導入は行われていない模様です。

RGB レーザープロジェクターによる HDR 上映の課題

RGB レーザープロジェクターを採用した高輝度の上映設備の導入が日本でも進んできましたが、同時にこの方式固有の問題が発生しており、手放しによろこべない状況です。

レーザースペックル問題

これまでにも指摘してきたように、RGB レーザーを使用した上映設備では必ず発生する可能性がある問題です。大手映画会社の試写室のように厳格に管理調整された環境では常にスペックルが発生しないようにチェックが行われており、映画制作者が気が付くことは通常ありません。

しかし、一般観客が利用する市中の映画館では上映設備の管理調整が行き届いていないところもあるようで、運悪くそのような劇場に足を運んでしまった観客は劣悪な高輝度映像を観ることになってしまいます。

これまで私が体験した範囲では国内のドルビーシネマでは発生例を見たことがないのに対し、IMAX レーザーで一度発生例を確認してしまいました。さらに導入数の多い米国では両方式においてかなりの確率で発生例に遭遇してきました。

この問題の難しいところは、典型的なレーザースペックルを体験したこののない観客にとって『どのシーンのどの部分』ということが知らされなければ気が付きにくいという点にあります。

そして多くの場合、明るいだけのギラギラした映像を見せられて、「明るい!凄い!」と本来の HDR 映像の品質とはズレたところで感動させられてしまうこともあるようです。

色再現性の問題?

スペックル問題との関連性は確認されていませんが、一部の制作関係者から従来のランプ式プロジェクターによる映像と品質が異なるという指摘が挙げられているようです。

色空間の再現性の観点からは十分な設計と検証が行われている筈ですが、連続スペクトル光の重ね合わせで構成されるランプ式プロジェクターの色と先鋭な単色光の重ね合わせで構成されるレーザープロジェクターの色を人間の目が完全に同等のものと感じるのかという点において、科学的な検証が求められる疑問かも知れません。

字幕干渉問題:字幕が主映像の品質を著しく劣化させる問題

こちらのサイトでは何度も指摘している問題ですが、国際的な業界全体としては残念ながら関心の低い問題です。

その一方で、字幕と同じ仕組みで表示されるバリアフリー用のオープンキャプションに関連して、以下のような問題に関心が寄せられています。

バリアフリー上映を取り巻く潮流の変化

デジタルシネマでは上映作品を配信するための基本パッケージ (DCP) に聴覚や視覚に障害を持つ方々を補助するための仕組みが提供されています。

日本では殆ど利用されていませんが、2010年頃から各社からこの仕組みを利用するための製品が提供され始め、北米では2012年頃から本格的な劇場導入が始まり、現在ほぼ全ての劇場で希望すれば誰でも追加料金なしで利用することができるようになっており、ほぼ全ての劇場公開作品がこの方式に対応しています。

この仕組みは視覚障害を持つ方のための補助音声システムと聴覚障害を持つ方のための補助字幕(クローズドキャプション)システムからなり、利用者は通常どちらかの方式のデバイスを装着して利用します。

提供開始以来、長らく利用されてきたこのシステムですが、このところ補助字幕を表示するデバイスの使用を嫌う声が挙げられています。

理由のひとつにはコロナ禍の中、他人が使用したデバイスを使用したくないということもあるのかも知れません。

このような補助デバイスを使用する代わりに、通常字幕と同様に主映像に重ねて表示する方式(オープンキャプション)が一部で行われています。

ここで改めて懸念が湧き起こってきています。

日本人は高品質の主映像に明るい字幕が重ねられるという上映形式に慣らされている人が多いので、何が問題なのかピンとこないかも知れませんが、字幕のない高品質の映像に慣れている英語圏の一般的な観客にとって、主映像に明るい文字を重ねるというのは耐え難いと感じる人が多いのです。

米国では字幕を重ねる際には必要十分な輝度と文字の大きさに抑えてマスタリングされるのが一般的であるにも関わらず、それでも主映像に会話の内容が絶えず文字で表示されるというスタイルが嫌われます。

まだ具体的な結論には至っていませんが、しばらく動向を注視していきたいと思います。

日本人の間でも字幕が主映像に及ぼす影響に関心が高まり、より高品質の映像を楽しめるようになることを願いますが、残念ながらまだそのような動きが出る気配は感じられません。

LED Cinema は?

2018年から各社から大々的に発表されてきた LED シネマディスプレイでしたが、その後の展開が芳しくありません。

原因はコロナ禍とは違うところにありそうです。

既に韓国、日本、中国の各社からいくつもの製品が DCI 準拠の認定を受けており、劇場側の選択肢が増えている一方で、価格の問題、音響の問題、優位性の説明不足など、多くの課題が残されたままの状況が続いています。

このような状況の中、ロビーディスプレイや映画撮影用背景映像ディスプレイなど、当面は劇場上映(シネマ)用とはかなりスペックの異なる領域での活用が期待されているようです。

おわりに

こちらのページではハリウッド周辺のシネマ業界内の一般的な話題を概説しました。

ご関心に応じてより詳しいご説明、アドバイスなどできることもありますので、お気軽にご相談ください。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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