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フィルム映像修復の現状 〜 『戦場のメリークリスマス 4K修復版』を観て

2K 上映ではありましたが『戦場のメリークリスマス 4K修復版』を観る機会がありました。上映技術(シネマテクノロジー)よりも制作技術に関わる部分が大きいですが、フィルム修復の現状について気付いたことを記しておきたいと思います。

フィルムからデジタルへ

最近では撮影から配給に至るまでフィルムを一切使用しないフルデジタルでの制作が主流になっていますが、デジタル技術が普及する前は当然のことながらすべてフィルムで制作されていました。

最高品位のフィルム画像の品質は今日でもデジタル画像に引けを取らないものですが、フィルムで制作された往年の作品の原版は年月の経過と共に色褪せて行きます。どれだけ厳重に管理された状態で保存してもフィルムに記録された画像の経年劣化を避けることはできません。

これは人類の文化遺産である名画の数々を保存する上で危機的な状況であるといえます。

この状況に対して、これまでにもその時々の最新のデジタル技術を駆使することにより、劣化が進んでしまった往年のフィルム映像を修復し、経年劣化のないデジタル映像に変換、保存する試みが世界各地多くの作品で続けられてきました。

今回の修復版もそのような試みの一つで、昨今のデジタル技術の進歩により向上した修復技術により、往年のあの名作がどこまで蘇らせることができたのか、期待を込めて観てきました。

フィルム修復の難しさ

とはいえ、制作から何十年も経ったフィルムを修復するにはデジタル技術の進歩だけでは解決できない難しさがあることも理解しておく必要があります。

  • オリジナルの品質と客観的に比較評価することができない
    • フィルムの状態は化学的に経年変化しており、オリジナルの状態を完全に復元することは不可能です。
  • 修復結果の良否を制作者に確認することもできない
  • オリジナルの品質を記憶している人も少ない(いずれ誰も居なくなる)
    • かつてオリジナルの上映を観た人でさえ、40年前の記憶でしかないので、客観性を以て修復映像の正当性を評価することはできません。
  • 最終的には修復者の映像感覚に頼るしかない

という訳で、修復された結果の正統性を保証することは事実上不可能ということになります。

このような制約を理解しつつも、公開当時映画館で観た記憶と比較しながら、気付いた点を列挙してみます。

評価内容

以下に列挙する評価は筆者個人の感想に基づくもので、特にオリジナルとの比較については、約40年前に観たフィルム映像の記憶との比較なので、科学的な客観性のない個人的な印象に基づくものであることを注記しておきます。

色彩

明るく彩りの華やかな数々のシーンが印象的な作品でしたが、色褪せた感じも殆どなく、概ね違和感なく自然な色調で蘇っていたと感じました。

暗いシーンのコントラスト、輝度

営倉内など数々の夜間のシーンも特徴的な作品でしたが、暗いシーンのコントラスト(明暗)の表現には強い違和感を感じました。

全体的に最暗部の輝度が高く(黒に締まりがない)、画面全体が白く浮いているような印象を多くの暗いシーンで受けました。

画質

フィルム画像をデジタル化する際、原画像の特性と解像度と階調の不整合により、フィルム画像にはなかった不自然な模様が現れることがあります。

通常この現象が現れやすい青空や白壁の画像では問題が認められなかった一方で、カーペットの模様が不自然に強調されているように感じられるシーンがありました。

全体としては概ね良好にオリジナルのフィルム同等の風合いが再現されていたような感想を持ちました。

字幕

デジタルシネマの日本語字幕において鬼門といえる縦書き字幕が使われていました。そして、残念ながら上映機器毎の互換性で問題が起きやすい某点の位置と斜体字の表示に不具合が見受けられました。

  • 某点(・)の位置:隣の行の文字に重なって表示されていた
  • 斜体字 の形状:縦書きであるにも関わらず横方向に傾いて表示されていた

デジタルシネマの技術関係者の間では初期の頃から知られていた上映機器毎の互換性の問題ですが、充分な確認が行われないまま配給されてしまったようです。

新作や超大作では手間隙を掛けて確認作業が行われる筈の問題です。往年の作品のリバイバル公開ということで、上映機器毎の互換性の確認が軽視されたという訳ではないでしょうが、結果的にそこまで手が回らなかったということかも知れません。

4K DCP を 2K 上映するための品質確認

今回の修復版は 4K 修復版ということなので、4K DCP が配給されたと解釈されますが、2K 上映機器での品質確認は行われたのかという疑問が残ります。

上映用パッケージである DCP には画像圧縮(符号化)方式として J2K (JPEG2000) が使用されており、4K 解像度で符号化されたデータは 2K 解像度でも復号化することが可能です。

しかし、制作時の符号化条件が適切でなければ、2K 解像度で復号化した際に、不自然な画像の乱れが生じることが知られています。符号化条件の最適化は必ずしも自動的に行なわれるものではなく、経験と確認を要する作業であることを記憶しておく必要があります。

字幕の問題が見過ごされたまま配給されたという状況から察すると、2K 上映機器での品質確認まで行われないまま配給された可能性が懸念されます。

今後への期待

オリジナルの制作、公開から40年の年月を経て、現時点での最新技術を駆使して修復版が制作されたことを歓迎しますが、これを最終版とするのではなく、今後の更なる技術革新の成果を取り込むことにより、オリジナルの感動を再び楽しむ機会が訪れることを期待しています。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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