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ドルビーシネマ、国内先行初体験 – 後編

米国でのドルビーシネマ体験との本質的な違い:字幕問題

さて、ドルビーシネマを日本で導入するにあたって、以前から懸念していた課題というのは、字幕が本編映像に及ぼす悪影響のことです。

  • 日本語字幕の文字の大きさと明るさ:
    • 日本語の字幕はフィルム時代からの慣習なのか、他国の平均的な字幕と比べると必要以上に巨大な文字が使用されます。(英語字幕の標準的な文字と比べると倍の大きさの文字が使用されています。)
    • さらに悪いことに、本編映像の明るさとは無関係に白が使用されることが多く、最悪のケースでは最高輝度の白が使用されます。(英語字幕では適度に輝度を調整したオフホワイトが使用されるのが一般的です。)
    • ドルビーシネマは本編映像のダイナミックレンジ、明暗の微妙な描写が特徴で、上映中人間の目はこの映像を観るために暗順応しています。そのような状況で、本編映像の輝度とは無関係に重ねられた巨大で眩いばかりの字幕によって、本編映像の繊細な描写を判別することが極めて困難になります。
  • 字幕の品質
    • デジタルシネマにおける字幕はコンピューターで使用される文字と同様にデジタルデータを画面上に点描することで文字を形成します。
    • 文字を形作る繊細な線を有限画素の点で描画するので、たとえ 4K 解像度でも何も工夫をしなければ、文字を構成する線がギザギザに見えてしまうことがあります。
    • 高品質の映像に低品質の文字が重ねられることで、折角の映像の品質が損なわれることにもなります。

本件、米国のドルビーシネマ担当者にも忠告していたのですが、やはり日本の製作現場にはうまく伝わっていなかったようです。

本来、字幕の問題はユニバーサルなものの筈ですが、米国中心の映画業界では字幕そのものに関する関心が低く、字幕が本編映像に及ぼす悪影響も実感として関心が持たれていないというところに問題の根幹があるようです。

以下実際の体験と結び付けて、今回のドルビーシネマ体験の所感を記します。

国内でのドルビーシネマ体験の所感

まず音声に関してですが、両作品とも Dolby Atmos による上映は素晴らしい臨場感を与えてくれたように感じました。Dolby Atmos 単体での導入劇場も増え、安心して楽しむことができるようになったという印象です。

一方の映像ですが、作品のタイプも異なるのと、字幕の出来具合に大きな差が見られたので、個別に評することにします。

「レディ・プレイヤー1」[IMDb

一本目に観たのがこの作品です。刺激的な原色、強烈な明暗、人工的な特殊映像が多用された作品なので、まさに Dolby Vision のデモ映像としても使えそうな期待通り、予想通りの出来映えの本編映像でした。

巨大な字幕が折角の映像を遮るのは非常に興ざめですが、不幸中の幸いは字幕の色と輝度が純白の最高輝度ではなく、若干輝度が調整されていたようで、何とか映画本編に集中することができました。

2K 相当で 72 ポイントのフォントが使用されていた印象ですが、半分のサイズでも十分と思われます。

フォントには黒のアウトラインが施されていましたが、輪郭の調整が十分ではなく、文字によってはギザギザが見えてしまうものもあり、目障りに感じることもありました。

「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」[IMDb

30分の休憩を挟んで二本目に観たのがこちらの作品です。

文字通り魔法の世界の超現実的な特殊映像が多用されている一方で、夜間に幻想的な街灯り、月明り、魔法の光も多用されており、こちらも Dolby Vision の実力を感じさせる本編映像でした。但し、台詞のないシーンに限ります。

本作も巨大な字幕が折角の映像を遮り、興醒め甚だしかったですが、耐え難いことにこちらの作品では純白で最高輝度の文字が使われていました。

薄暗い幻想的な映像が多用されている作品なので、本編映像の集中していると目は適度に暗順応し、細部にわたり微妙な陰影や光を効果的に感じることができたのですが、ひとつ台詞が発せられる度に眩いばかりの字幕の所為で、暗順応はりせっとされ、美しい映像が台無しにされてしまいました。

正直、返金騒ぎになっても不思議ではなかった状況だと感じています。

実際、この上映の終了後に周囲の観客の声に耳をすませていたところ、「字幕が眩しくなかった?」という声も聞こえてきました。

考えられる要因

このような状態であるにも関わらず、事前の試写で誰も問題を指摘しなかったのか、誰も気付かなかったのか、気付くことができなかったのか、疑わずにはいられませんでした。

このような状態のまま公開に至ってしまうことになった要因を列挙してみたいと思います。

  • 米国では通常字幕上映が行われていないため、製作関係者の中で字幕が本編に及ぼす悪影響が実感として認識されていない。
  • 特に日本語字幕の極端な状況は全く認識されていない。
  • 日本の字幕制作関係者の中で実際の上映時の状況が認識されていない。
  • 日本の興行関係者の中でドルビーシネマの本来の品質が理解されていない。
  • 日本の配給関係者が日本公開時の適切な品質管理をしていない。

実際にはこれらの要因の複数が絡み合いながら悲惨な状況を作り出しているのだと理解すべきでしょう。

これはドルビーシネマの技術的な問題ではなく、上映パッケージ(DCP)の製作、確認プロセスに問題があるということになります。

松竹マルチプレックスシアターズMOVIXさいたまでのオープンも迫っている筈ですが、今後の国内でのドルビーシネマの興行に大きな不安を残す状況だと言えるでしょう。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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