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LED シネマディスプレイ比較

昨年よりLEDシネマディスプレイの実用化が現実化してきましたが、商品化で先を行くSamsungと商品化には慎重なSony、それぞれのLEDディスプレイについて、両者に関する情報が公になってきましたので、現時点での知見をもとに比較したいと思います。

ここでLEDシネマディスプレイというのは従来のスクリーンに映像を投射するのではなく、スクリーン面上に無数に配列した微小半導体LEDを発光させることにより映像を作り出すものを指します。光源を直視することから直視型ディスプレイとも呼ばれます。

LEDディスプレイといえばこのところ家庭用のテレビにOLED(有機EL)が普及してきましたが、画素をLEDで発光させるというコンセプトは同じでも、発光素子の性質として発光波長など細かく異なる点があることは記憶しておくべきでしょう。

実体験

Samsung

昨年のCinemaConのタイミングでプレス発表が行われた後、なかなか実際の映像を体験する機会がなかったのですが、今回のCinemaConでは既にDCI規格の認証も取得し、満を持しての公開でした。
DCI規格を取得したのは4Kシステムですが、CinemaConのブースには2Kシステムの仮設のデモルームが作られ、いくつかのデモクリップを観せてもらいました。その一つが以下のものです。
YouTube: Samsung Onyx: Cinema LED Technology
これ以外に実際の商業作品のクリップも見ることができたのですが、CinemaConの翌週には、ロサンゼルス近郊のPacific Theatres Winnetkaに米国内で初めて劇場導入された4Kシステムで実際の映画上映を体験することができました。

CinemaCon 2018 Samsung Booth
Pacific Theatres Winnetka
Sony

「公の場でのデモ」としては2017年のCinemaConで初めて体験し、今年のCinemaConでも再び4Kのデモを体験しました。さらに今年は先に開催されたNAB Showで8Kのデモを体験しました。CinemaConでは劇場環境を想定した暗い部屋でのデモ、一方のNAB Showではオープンブースに設置されて周囲が明るい環境でのデモをそれぞれ体験しました。

Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018
Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018
Sony Crystal LED Display System at NAB Show 2018

今回の比較ではこれらの実体験とその後の業界関係者との情報交換を通して得た知見をもとに記していきたいと思います。

映像

Samsung

CinemaConでは仮設のデモルームで2Kのデモ映像を見ることができました。漆黒の黒と高輝度の映像は期待通りのものでしたが、デモルームという狭い空間で2Kの映像を見るとやはり解像度の限界が感じられ、このシステムの実力を評価するには物足りない環境でした。

Pacific Theatres Winnetka lobby

しかし、その翌週には実際の映画館で「アベンジャーズ:インフィニティウォー」全編を観ることができました。色も画も、プロジェクター投射による映像にありがちな「にじみ」や「なまり」はまったく感じられず、輝度もコントラストも忠実に「規格通り」の映像が再現されている印象で、まるでスタジオのスクリーニングルームで試写を観ているような質感があり、素直にこのシステムの基本性能の高さを感じることができました。

Pacific Theatres Winnetka Screen 20

一方、この劇場には4Kのシステムが設置されていたにも関わらず、配給されているDCPは通常の劇場で上映するものと同じ条件で作成された2KのDCPであったこともあり、折角の4Kの解像度を体感することができなかったのは残念でした。劇場側としてもまだ試験導入というスタンスのようで、敢えてLEDディスプレイであることも掲示ておらず、チケット料金も普通のスクリーンと同じ設定でした。

Sony

デモ映像を見た限り、画素が点発光である所為か、Cystal LEDという名前に相応しく、クッキリとした鮮やかな映像を表現するのに適しているように感じました。デモ用に作られた映像では明らかに通常の劇場上映の規格を超えるコントラストとダイナミックレンジが表現されており、従来の映画映像の規格を大きく変える可能性のあるデバイスとして期待を抱かせるものでした。

現時点で両者の商品化のフェーズは全く異なっているのと、用意された映像ソースが必ずしもそれぞれのデバイスの能力を最大限に発揮できるように作られたものとはいえないので、ここで両者の優劣を語るのは避けたいと思いますが、共通していえる課題として、これらの性能を活かすことができる映画作品は誰がどのように作ってくれるのか、現時点では両者ともまったくの未知数だといえます。このプロセスを上手く確立できなければ、デバイスの性能も充分に活かされず、それに見合った興行収入に結び付けるのも難しいでしょう。

発光素子、色、色域

個々の発光画素は自由に色を変えて発光するように見えますが、赤(R)緑(G)青(B)それぞれ単色のLED発光素子を組み合わせて構成されており、個々の出力を調整することで様々な色を発光します。

各発光素子の材料系など細かな情報は公開されていませんが、すべて半導体LEDを使用しているため、表示可能な色域は両社とも概ね同じであると推測されます。特に半導体LEDの弱点である緑の発色については共通の特徴として留意しておくべきです。すなわち、このところ次世代の映画フォーマットの基準として関心を集めている広色域化の要求を満たすのは困難なデバイスであることは記憶しておくべきでしょう。この点については業界関係者の間でも概ね認識されていますが、これ以外の魅力も多いデバイスでもあり、現時点でこれを問題視する声もあまり上がらないというのが現状のようです。

発光画素

発光素子として半導体LEDを使っていても、発光画素の形態には両者の間に大きな違いがあります。

Samsung

表面から見た個々の発光画素は正方形かそれに近い矩形の突起となっており、散光板(diffuser)のような材質の表面から均質に光が出力されるように見えます。RGBそれぞれの発光素子を目視することはできませんが、表面の散光板のお陰か、出力される光は綺麗に混ざり合って見えます。画面すれすれの角度から見ると若干色のズレが認められますが、そのような角度から映画を観ることはないので、実用上は問題ないでしょう。

個々の発光画素はつや消しの黒の素材の基板上に配列されているのと、発光素子の表面は散光板状の素材で作られているため、周囲からの光が反射することはなく、また乱反射も極めて低レベルに抑えられているのが分かります。通常の映画のスクリーンも外光の反射はありませんが、スクリーンに当たる光は効率的に乱反射するように作られているので、劇場内の無駄な光も散乱させ、黒のレベルを引き上げる要因になっています。その点において、SamsungのLEDディスプレイはこの問題を意識できないレベルまで低減できていると感じられます。

Sony

表面が透明なガラスで覆われた下に黒色の基板がありそこに発光画素が配列されていますが、電源オフの状態では一見何もないガラス板にしか見えません。じっくり目を凝らしてみると点状の素子が配列されているのが分かりますが、肉眼ではRGBそれぞれの発光素子を区別するのは不可能で、実際に発光させてみても「点」光源から画素毎の色の光が出力されており、RGBの三原色で色が作られていることを肉眼で確認することはできません。見る角度による色のズレも感じられません。

発光した時の色の鮮明さは極めて高く感じられますが、表面が透明なガラスで覆われているため、低反射コーティングが施されているとはいえ、見る状況、周囲の光の状況によっては反射光が気になることもあります。可能性は低そうですが、映画館のような暗い環境でも、条件次第で画面のLED光で照らされた客席からの照り返しが再度画面で反射して見えてしまうことはないのか確認したいところです。

コントラスト、ダイナミックレンジ

プロジェクション(投射)方式では、小さな画像素子から反射された光を、多くの光学素子を複雑に組み合わせた光学系を通して遠方のスクリーンに投射、結像させなければならないため、画像素子で作られた筈の高品質の画像がスクリーンに映し出されるまでに様々な形で「なまって」しまいます。

LED方式では画素一つ一つの出力を直接デジタル制御して、DCPの中に作り込まれた画像データがそのまま実際の画像として表示されるので、原理的には制作時に意図された微妙な濃淡や明暗を極限まで忠実に再現することが可能です。

解像度と画面サイズ

画面解像度は縦横に配列された発光画素の数で表されます。

プロジェクターからの投射映像のようにレンズでズームすることはできないので、作り込まれた画面の大きさとその表面に配置された発光画素の数で、解像度と表示可能な画面の大きさが固定値として決まってしまいます。この点が、LEDディスプレイを劇場で使用する際に、最大の制約となってしまうと言っても良いでしょう。

発光画素は精密な半導体素子により構成されているため、現在の製造技術では素子の間隔を自由に拡大縮小するのは難しく、製造メーカーとしてもいくつもの異なるサイズで製造するのは採算性を考えると非現実的だといえます。

LEDディスプレイの商品性として、現行のプロジェクター投射の劇場をすべて置き換えることを目指すのか、それともプレミアムスクリーンに限定した置き換えを目指すのか、さらにその場合、どのような大きさのスクリーンを対象にするのか、これらを冷静に分析して商品戦略を立てることが重要だといえます。

音響

現在普及している映画館の音響方式の代表的なものとして5.1または7.1チャンネルサランド方式がありますが、家庭用で一般的な(2チャンネル)ステレオ方式とは異なり、劇場内の周囲から包み込むように独立したチャンネルが配置されています。ステレオ方式との大きな違いのひとつに正面中央に配置されたチャンネルがあります。現在通常の映画館ではスクリーンの正面方向から音を出すために、布製のスクリーン全面に細かい穴が開けられており、スクリーンの背後に設置されたスピーカーからの音が客席に向かって出るようになっています。

LEDディスプレイを採用した場合、現状ディスプレイ前面から音を出力することができず、スクリーンと同様の方式で音を出すことができません。このことはLEDディスプレイの共通の課題として認識されています。

Samsung

LEDディスプレイ本体前面から音を出すことができないので、擬似的に前面から音が出ているように感じさせる仕組みを劇場音響メーカーと共同で開発しています。その仕組みを簡単に説明すると、ディスプレイ上端に客席に向けた反響板を設置し、ディスプレイとは別に設置された音源から出る音を反響させて、間接的に客席に響かせるようにしています。この方法は苦肉の策としては、ある程度の効果はあるようですが、劇場内の座席の位置や聴く人の感じ方次第では、さらなる改善が求められるレベルだといわざるを得ないでしょう。実際、私が着席したのは劇場内の中央部の座席でしたが、前面からの音声は明らかに上方から出ているのが感じられ、シーンによっては違和感を感じることもありました。一方、劇場後方の座席では恐らくこのような影響は軽減されると思われますが、通常プレミアム席が設置される中央部で制約が出てしまうのは残念なところです。

Sony

LEDディスプレイ前面から音を出すことができないのはSamsungと同じで、まだ実際の劇場への導入も未計画の現時点では明確な対策は打ち出されていません。ただ家庭用のOLEDテレビではディスプレイ前面から音を出す製品も出されているので、画面全面がガラスで覆われているという構造を活かして、このような技術との組み合わせによりこの問題を解決するような製品が出てくることを期待したいところです。

作成者: Yoshihisa Gonno

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。
2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。
2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。
2018年から日本人唯一の ICTA(国際シネマ技術協会)会員。
プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1500回を優に超える。

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